クリスマスは、心あたたかな季節行事として語られることが多い。
光、音楽、贈りもの。
けれど、その始まりにある出来事は、どこか緊張を含んだ夜だった。
そして、さらにさかのぼると、もうひとつの「夜」がある。
戸口に血が塗られ、人々が息をひそめていた夜。
時代も場所も遠く離れている二つの出来事。
けれど、そのあいだには一本の線が引かれているように思える。
その線の名は――解放。
聖夜に灯るもの
クリスマスは、ただの誕生日ではない。
ひとりの幼子の誕生を通して、「救いが始まった」と告げられる夜でもある。
それは、罪の奴隷からの解放という、目に見えにくい出来事の始まりだった。
夜に始まった解放
過越の祭もまた、夜の出来事だ。
エジプトの地で、家の戸口に子羊の血が塗られた夜。
その夜を境に、民は奴隷の状態から歩き出すことになる。
子羊という静かな象徴
過越の食卓に置かれた子羊。
そして後に「神の小羊」と呼ばれる存在。
血のしるしと、飼い葉桶の幼子。
遠く離れた物語のようでいて、どこか同じ響きをもっている。
家の内側から始まる
救いは、大きな舞台から始まらない。
ひとつの家の内側から始まる。
戸口の内側。
家畜小屋の内側。
世界を揺るがす出来事は、静かな場所で息をしている。
外側の鎖、内側の鎖
過越は、目に見える鎖からの解放だった。
クリスマスが指し示すのは、救い主イエス・キリスト。
罪という目に見えない鎖から解き放たれる徴なのかもしれない。
外側と内側。
歴史と霊。
解放という言葉は、二重に響く。
点と点のあいだにある線
過越の夜と、聖夜。
遠く離れた二つの出来事のあいだに、一本の線が見えてくる。
それは「解放」という名の線。
クリスマスを前にして、その線を静かにたどってみるのも、ひとつの迎え方かもしれない。
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