DNAは、A・T・G・Cという4つの文字の並びでできている。
これを少し視点を変えてみると、A=0、T=1、G=2、C=3と置き換えることができる。
つまりDNAは「4進数の数列」として読むこともできるわけだ。
生命の設計図が、実は数字の並びとして表現できる。
この事実だけでも、どこか不思議な感じがしないだろうか。
「これはただの物質なのか?」
それとも「数で書かれた何かなのか?」
DNAは「数式」と呼びたくなるほど整っている
4種類の記号だけで構成され、それが長大な情報を持つ。
しかもその並びが、そのまま生命の形へとつながっていく。
ここまで整っていると、ついこう言いたくなる。
「これは数式なのではないか?」
ただ、この直感には少しだけ注意が必要だ。
しかしDNAは“数式”ではないという話
数学でいう「数式」は、関係や法則を表すものだ。
たとえばE=mc²のように、何かと何かの関係を示す。
一方でDNAはどうか。
それは関係式ではなく、単なる「並び」だ。
文字が順番に並んでいるだけ。
つまり厳密に言えば、DNAは数式ではない。
――ここ、ちょっと理屈っぽいけど大事なところ。
DNAの正体は「コード」に近い
ではDNAは何なのか。
一番しっくりくるのは、「コード(符号)」という見方だ。
DNAは3文字ずつ区切ると意味を持つ。
- ATG → 開始
- TAA → 終了
それぞれが特定のアミノ酸を指示し、タンパク質を作る。
これはまるでプログラムのようだ。
読み取られることを前提とした情報になっている。
数列なのに“意味”を持つという不思議
ここで少しだけ立ち止まってみる。
普通の数列は意味を持たない。
1,2,3,4と並んでいても、それ自体に意味はない。
しかしDNAは違う。
その並びがそのまま、
- タンパク質になり
- 細胞を作り
- 身体になる
つまりDNAは、意味を生み出す数列になっている。
……こう書くとちょっとSFっぽいけど、実際そうだから仕方ない。
世界はそもそも「数とパターン」でできている
視点を少し広げてみる。
物理法則は数式で表せる。
重力も電磁気も、すべて数で記述できる。
脳の働きも、電気信号のパターンとして理解される。
つまり世界は、
数とパターンでできていると言える。
DNAだけが特別なのではなく、
世界そのものが「読める構造」を持っている。
なぜ生命は「4」という構造なのか
DNAは4種類の文字でできている。
コンピュータは2進数。
DNAは4進数。
これが偶然かどうかは分からない。
ただ、4という数は情報を扱ううえでちょうどいいバランスを持っている。
少なすぎず、多すぎない。
どこか「設計された感」を感じるポイントではある。
神は数学オタクという仮説
ここで少し肩の力を抜いて考えてみる。
世界は数式で記述でき、
生命はコードとして書かれている。
もしこれが偶然ではないなら。
設計した存在は、かなりの数学好きではないか。
――まあ、かなり雑な言い方だけど。
それでも、そう言いたくなるくらい整っているのは確かだ。
数だけではなく「言(ロゴス)」でもある
ただし重要なのはここから。
DNAは単なる数ではない。
そこには意味がある。
構造としての数と、意味としての言葉。
この二つが重なっている。
ヨハネによる福音書にはこうある。
「はじめに言(ことば)があった」
もしこの“言”が、情報であり構造でもあるなら。
世界は最初から、
理解されるように書かれているとも言える。
「神の数式」という言葉のちょうどいい使い方
さて、最初の問いに戻る。
DNAは神の数式なのか?
厳密に言えば、数式ではない。
むしろコード、あるいは言語に近い。
それでもこの表現は捨てがたい。
なぜならそれは、
あまりにも整いすぎた構造への直感的な言い方だからだ。
命は“読めるように書かれている”のかもしれない
DNAは読むものだ。
そして世界もまた、理解できる構造を持っている。
数として読めて、
意味としても読める。
この二重構造は、偶然にしては出来すぎている。
だからこそ、こんな見方もできる。
命は最初から、読めるように書かれているのではないか。
一行で言うと
DNAは数式ではない。だが、数式のように整ったコードだった。


コメント