【日月神示】上つ巻 第1帖③|神との戦いは外ではなく心の中から始まる

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心の掃除と霊的な戦いを象徴する鳥居と光の道

人は世界の出来事ばかりを見ている。

戦争、政治、経済、災害――。

だが日月神示は、それらよりも先に見るべきものがあると語る。

それは自分自身の心である。

神示が語る「戦」とは、単なる人間同士の争いではない。

神と神、人と人、肉と魂。

そして何より、自分の内側で続いている戦いのことなのだ。

今回は上つ巻第1帖後半部分から、「洗濯」と「掃除」の意味を読み解いていく。

嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る。
神の意味を持つ図形かみ神の意味を持つ図形の国、神の力でないと、何んにも成就せん。
人の力で何が出来たか、みな神がさしているのだ。
いつでも神の意味を持つ図形かかれるように、綺麗に洗濯しておりいてくれよ。
いくさは今年中と言っているが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終わらぬ道理がわからぬか。
臣民同士のいくさでない、神と神、あかとあか、人と人、ニクとニク、タマとタマの戦ぞ。
己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うているとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。
さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越えて時を待つ。
神の意味を持つ図形が世界の王になる、てんし様が神とわからん臣民ばかり。
口と心とおこないと、三つ揃うたまことをみことというぞ。
神の臣民みな命になる身魂、掃除身魂結構。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第1帖から
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目次

世界を変える前に、自分の心を見よ

世界はこれから大きく変わる。

しかし神示が繰り返し語るのは、外の世界より先に内側を整えよということだ。

神の国は力によって築かれるのではない。

掃除された魂によって築かれる。

だからこそ日月神示は「何より掃除が第一」と繰り返し語るのである。

逐次解読|洗濯と掃除が求められる理由

苦しみの先にしか見えない喜びがある

嬉しくて苦しむ者と、苦しくて喜ぶ者と出て来る。

神を知ることで希望を持つ。

心の掃除・洗濯は希望から始まる。

次の段階では自分と向かい合うことになる。

自分の至らなさと直面し、絶望と苦しみを味わう。

認めることで心の痛みを感じる。

罪に死ぬ段階である。

そこを越えると苦痛から解放され、喜びに満たされる。

まだ少し痛みを引きずっているかも知れないが、それでも以前とは違う光の中を歩き始める。

イスラエルの組打ち。

我と神との戦いともいえる。

神の力は神の国でこそ現れる

神の意味を持つ図形かみ神の意味を持つ図形の国、神の力でないと、何んにも成就せん。

神は人の国の主ではなく、神の国の主である。

神の力が発揮できるのは神の国でのこと。

神の力によって、すべての計画はその通りとなっていく。

世界は神の設計図の上で動いている

人の力で何が出来たか、みな神がさしているのだ。

人が好き勝手に動けば、方向もまちまちになる。

人の世もまた、まちまちなものとなる。

しかしこの世で起こる出来事はすべて神の計画の過程であり、神々(天使たち)によって運ばれていく。

神のビジョン通りに世界は仕上がっていくのである。

洗濯とは魂を整えること

いつでも神の意味を持つ図形かかれるように、綺麗に洗濯しておりいてくれよ。

人は現世の肉体のまま天使となることがある。

神の業や役割を与えられたとき、賜物として神の力を宿す。

その条件は清さである。

洗濯という言葉から連想するのは禊だ。

クリスチャンならバプテスマを思い浮かべるだろう。

水に全身を沈め、再び起き上がる。

それは死と復活を表し、罪に死に、新たに生まれることを象徴する儀式である。

そうして整えられた状態で、聖霊による導きを受けることができるのである。

終戦と神の戦いは別の話である

いくさは今年中と言っているが、そんなちょこい戦ではない、世界中の洗濯ざから、いらぬものが無くなるまでは、終わらぬ道理がわからぬか。

この戦争(太平洋戦争のこと)はもうすぐ終わるだろう。

しかし神の戦は終わらない。

世界中の洗濯が続くからである。

不要なものが取り除かれるまで、この戦いは続いていく。

信じなくてもよい。

これから起こることを見ていけば、その真偽は自ずと証明されていくだろう。

神示が語る戦争の正体

臣民同士のいくさでない、神と神、あかとあか、人と人、ニクとニク、タマとタマの戦ぞ。

内輪もめの戦いではない。

神に従う者と逆らう者とで世界を二分する戦いである。

銃や剣だけで戦うものでもない。

霊的な価値観をめぐる戦いなのだ。

掃除するべき場所は自分の心

己の心を見よ、戦が済んでいないであろ、それで戦が済むと思うているとは、あきれたものぞ、早く掃除せぬと間に合わん、何より掃除が第一。

自分のくだらなさと向き合う。

自分の心の中の悪魔を制圧する必要がある。

時代は迫っている。

だから神示は急げと語るのである。

神は人よりも深い孤独を抱えている

さびしさは人のみかは、神は幾万倍ぞ、さびしさ越えて時を待つ。

多くの人は神を忘れ、拝金主義へと向かう。

神を離れて罪に溺れることは、実は苦しいことでもある。

ふとした瞬間に説明できない寂しさがよぎるかもしれない。

人は神によって選りすぐりの労力と愛情を注がれて創られた存在だ。

それなのに神を崇めず好き勝手に生きている。

神はもっともっと寂しいのである。

そして神が動く時に至るまで猶予していたが、それにも終わりがある。

天子様とは誰なのか

神の意味を持つ図形が世界の王になる、てんし様が神とわからん臣民ばかり。

てんし(天子)様は神の子であり神である。

そう呼ばれる方はイエス・キリストをおいて他にいない。

命とは本当に変わった人のこと

口と心とおこないと、三つ揃うたまことをみことというぞ。

なんとなくの改心ではない。

本当に心が改まると選択が変わる。

見た目も変わる。

自分より周囲が先に気付くことも多い。

それが新たな命を得るということである。

そして神の命を受けて生死を超え神の使命を果たして生きるのである。

神の仕事は掃除された魂に与えられる

神の臣民みな命になる身魂、掃除身魂結構。

神国日本の臣民が命(みこと)を受けてチームとなって働く。

やりがいのある業に就くことになるだろう。

だが順番は変わらない。

まずは自分の内側を掃除し、洗濯することだ。

何より掃除が第一

日月神示は世界の変化を語りながら、最後には必ず個人へと視線を戻す。

世界を変えようとする前に、自分を変えよ。

神の国を待つ前に、自分の心を整えよ。

神示が語る洗濯とは、単なる道徳ではない。

神の働きを受け取るための準備なのである。

だからこそ、この帖の中心には「何より掃除が第一」という言葉が置かれているのだろう。

原文を読み返すたびに違う景色が見えてくる

日月神示は、一度読んで終わる書物ではない。

同じ一節でも、その時々の人生経験や霊的な成長によって見える意味が変わる。

だからこそ解説だけでなく、原文そのものに触れてみることをおすすめしたい。

原文を通して読むことで、日月神示全体に流れる大きな設計図も見えてくる。

深く学びたい方は、原典を収録した完全版を手元に置いて繰り返し読むと、多くの気づきを得られるだろう。

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