人は発展したものが永遠に続くと思いがちである。
巨大都市も、文明も、経済も、このまま続くと考える。
だが日月神示は、そうした人間の思い込みを打ち砕くような言葉を告げている。
今回の上つ巻第11帖では、「東京は元の土に還る」と三度も繰り返して語られる。
それは単なる破壊の予言なのか。
それとも、その先に用意されている新しい神の仕組みを示しているのか。
まずは原文を見てみよう。
何処も土にかえると申してあろが、東京も元の土に一時はかえるから、そのつもりでいてくれよ。
の申したこと違わんぞ。
東京は元の土に一時はかえるぞ、そのつもりで用意してくれよ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第11帖
土に還るとは終わりではない
日月神示には、文明や制度が一度崩れ、その後に新しい世が開かれるという流れが繰り返し語られている。
この帖でも注目すべきは、「東京が土に還る」という部分以上に、「一時(ひととき)」という言葉である。
永遠に滅びるとは書かれていない。
一度元に戻り、その後に何かが始まることを示しているようにも読める。
では、その意味を逐次見ていこう。
逐次解説|土に還る東京と新たな役割
エドが終わる時に始まるもの
何処も土にかえると申してあろが、東京も元の土に一時はかえるから、そのつもりでいてくれよ。
いずこもとはエド(穢土)のこと。
日本中のエドのことを指している。

東京はもちろんこのエドに含まれている。

そして注目したいのは「一時」という言葉である。
復興するということか。
もちろんそうなのだが、今と同じ東京に戻るとは思えない。
ミツゲは、日本の中心は京都・奈良・大阪の三都へ移ると考えている。
東、とくに関東は今のような主流の地位ではなくなるのではないだろうか。
では、その東京で何がなされるのか。
ミツゲの予測では、水面下で天使たち――別名では忍びと呼ばれるような存在たち――が動く拠点になる。
穢れてしまった地を聖別し、神聖な目的のために使う。
かなり面白いことを始めるのではないかと思う。
神示は違わないと念を押す
の申したこと違わんぞ。
これは前の文の繰り返しと同じである。
言い方を変えただけ。
日月神示では重要な内容ほど何度も繰り返される。
東京が土に還ることだけでなく、その出来事が必ず起こると強調しているように見える。
三度繰り返される東京への警告
東京は元の土に一時はかえるぞ、そのつもりで用意してくれよ。
三度の繰り返しである。
かなり重要なことを告げている。
人々には見捨てられ、見向きもされない土地。
そんな場所で神様の秘密の悪だくみ(苦笑)が始まる。
もちろん悪だくみとは半分冗談である。
だが神様はいつも、人が価値を失ったと思う場所から新しい仕組みを始める。
もしそうだとするなら、東京は終わりの象徴ではなく、新しい始まりの舞台なのかもしれない。
ミツゲも、そんなところで神の働きをしてみたいものである。
東京の未来を見るのではなく神の仕組みを見る
この帖は、一見すると東京崩壊の予言だけを語っているように見える。
しかし神示をよく読むと、「一時」という言葉が強く印象に残る。
土に還ることが目的ではない。
元に戻すことで、新しい役割を与えることが目的なのではないか。
人の目には荒廃と映る場所でも、神様から見れば次の時代の準備が進められている。
上つ巻第11帖は、そのことを静かに告げているように思えるのである。
原典に触れる|日月神示を深く読むために
日月神示は断片的な引用だけでは全体像を掴みにくい。
前後の帖とのつながりを読みながら見ることで、神示が語ろうとしている流れが少しずつ見えてくる。
上つ巻はもちろん、松の巻や他の巻も含めて通読すると理解が深まる。
ぜひ原典に触れ、自分自身の心で読み解いてみてほしい。


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