人は多ければ良いのだろうか。
組織は大きければ成功なのだろうか。
日月神示のこの帖では、これまでの宗教や団体のあり方とは異なる、新しい時代の備えについて語られている。
神は人を集めよと告げながら、同時に人を集めるだけでは駄目だとも語る。
そこには数ではなく「縁」が重視される世界観がある。
また国籍や民族を超えて、御魂によって人を見分けよとも示される。
終戦を目前にした時代背景の中で語られたこの神示は、現代にも不思議なほど重なる内容を含んでいる。
今度は末代動かぬ世にするのざから、今までのような宗教や教えの集団にしてはならんぞ、人を集めるばかりが能ではないぞ、人も集めねばならず、難しい道ぞ。
縁ある人は早く集めてくれよ、縁なき人いくら集めても何にもならんぞ、縁ある人を見分けてくれよ。
顔は
の臣民でも心は外国御魂ぞ、顔は外国人でも御魂は
の臣民あるぞ。
やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば収まらん。
臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちにこの神示よく読んでいてくれよ。
九月になったら用意してくれよ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第15帖
数ではなく御魂が問われる時代
神示は、これまでの宗教組織の延長線上に未来があるのではないと語る。
これから訪れる世は、単なる組織拡大や勢力争いではなく、一人ひとりが神と直接向き合う時代となる。
そのためには人を集めることも必要だが、ただ数を増やすだけでは意味がない。
御魂の準備ができた人を見極めることが求められている。
逐次解説|御魂によって結ばれる新しい時代
末代まで続く世は宗教組織の延長ではない
今度は末代動かぬ世にするのざから、今までのような宗教や教えの集団にしてはならんぞ、人を集めるばかりが能ではないぞ、人も集めねばならず、難しい道ぞ。
福千年が再臨によって本当の意味で始まると、神権による統治の時代になると思われる。
それは単一の宗教だけが支配する世界というより、各宗教が存在しながら緩やかにつながっている姿に近い。
また神の正体が明らかになることで、これまで分かれていた教えの中にも統合されるものが出てくるだろう。
現在の宗教組織は、その未来の統治機構に備えるための「ひな型」と考えることもできる。
神道・キリスト教・仏教などの中でも、個人の啓示を勧めている宗派は後の世でリーダーシップをとるようになる。
各派で連携することもあるだろう。
なにせ源流が同じだと分かるようになっている。
そうなれば争いや対立の理由はなくなる。
もともとこれらの宗派は争うことを勧めてはいない。
人を教祖のもとに集めて金目当てのような教会は不要となり、自然と淘汰されていくだろう。
神が集めるべき人とは誰か
縁ある人は早く集めてくれよ、縁なき人いくら集めても何にもならんぞ、縁ある人を見分けてくれよ。
ここでいう縁とは、個人の啓示を通してすでに準備ができている人のことではないだろうか。
宗教組織に属している人もいれば、組織とは無関係に個人としてその域に達している人もいるだろう。
そのような人が神示を知った時、どのような反応を見せるのか興味深い。
真理に対して垣根を持たない人は、今風の宗教組織では浮いてしまい、変人扱いされることもある。
ひどい場合には組織内で迫害対象になっているかも知れない。
そのような人は真理が中心になる居場所ができることで心に平安を得ることだろう。
逆に人を人の取り決めで支配しようとする宗教団体は、時代の崖の向こうへ消えていくだろう。
御魂に国境はない
顔は
の臣民でも心は外国御魂ぞ、顔は外国人でも御魂は
の臣民あるぞ。
顔かたちで臣民かどうかは分からない。
イスラエルの血統を通してアブラハムの約束は受け継がれるが、養子による異邦人もまた聖約に与る。
要は心がどこに向いていて、何を大切にしているかが問われている。
今の日本では移民問題が騒がしいが、敵の企みもある中で神の企てもあるように感じる。
日本人の始まりが移民でもあったように、末日に向けて頼りになる異国人も日本を愛してやって来ている。
中にはイスラエルの聖約の民も来ているだろうから、イスラエルの集合が水面下で進んでいるだろう。
イスラエル人は世界中に散って現地で混じっているので、外見は日本人とかけ離れた人もいるだろう。
これから日本は集合の地として困るほど移民が多くやって来るだろう。
それは最終戦争に向けて動く世界情勢の中で、不思議な解決法を神は用意されている。
一時は押し寄せる人々に困惑するだろうが、すぐに解決する。
戦いは最後まで続く
やりかけた戦ぞ、とことんまで行かねば収まらん。
神に対する悪意に満ちた迫害がある。
今は陰湿で陰に隠れての理不尽がある。
時が進むと陰に潜むやり方をかなぐり捨てて、臣民を表立って迫害してくる。
聖徒が多く閉じ込められ、人知れず殺されることもあって、神や従う者たちに逆恨みする者も出て信仰を失う者もいるだろう。
それでも進む神を信頼することがあなたにできるだろうか。
神を見失わないための備え
臣民一度は無くなるところまでになるぞ、今のうちにこの神示よく読んでいてくれよ。
戦争に負けて「神などいるものか!」と頑なになるかも知れない。
国家神道による神への不理解が民に蔓延し、本来の神の姿を見失う。
軍部の罪はそこにある。
犠牲者である臣民が巻き込まれて霊的な命を失うことのないように、まずは指導者たちが神示をよく理解できるように備えを促している。
この件に対しては敵は成果をあまり上げていないように思う。
ただ自堕落な国民性を形成する目的は、敵があきれるほどうまくいっているように思う。
敗戦よりもそこで神を見失っているのだ。
九月に向けて神が促した準備
九月になったら用意してくれよ。
神示が降ろされたのは昭和十九年六月。
あと一年後に終戦が訪れる。
その前に神示をより多くの人が読み、理解する人を増やしたいという願いが込められているように感じる。
戦争に負けても、その先があることを知らせたい。
すでに多くの人を亡くしているが、絶望には及ばないこと。
希望があることを伝えることができる。
神が見ているのは人数ではなく御魂
第15帖で語られているのは、組織の大きさでも勢力の強さでもない。
神が見ているのは御魂の向きである。
国籍も人種も肩書も関係ない。
神に心を向ける人が集められ、新しい世の土台となる。
だからこそ今必要なのは、人を裁くことではなく、自らの御魂を磨くことなのだろう。
原典に触れる|『日月神示』を読む
日月神示は断片的な引用だけでは全体像が見えにくい。
前後の流れを追いながら読むことで、神示同士のつながりや意味が見えてくる。
上つ巻をはじめ、全文を通読したい方は原典を手元に置いて読むことをおすすめする。
『日月神示』は難解な部分も多いが、繰り返し読むことで新たな気づきが与えられる不思議な書でもある。
時代の変化を考える上でも、一度は目を通しておきたい一冊だ。


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