人は平穏な時には神を求めない。
困った時だけ祈るものだと笑う人もいるが、追い詰められた時に初めて見える真実もある。
日月神示は、岩戸開きの前にまだ一苦労あると語る。
しかも、その苦労とは単なる不景気や災害ではない。
「神も仏も居ない」と誰もが思うほどの絶望である。
今回は上つ巻18帖の後半部分を読み解いていく。
岩戸開くまでにまだ一苦労あるぞ、
この世はまだまだ悪くなるから、
も卍もこの世には居らんのざというところまで、とことんまで落ちて行くぞ。
九月に気をつけよ、九月が大切の時ぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第18帖の一部
神示は岩戸開きの前に訪れる深い闇について語る。
それは単なる破壊ではなく、人々の価値観や信仰までも揺るがす出来事なのかもしれない。
岩戸開きの前に訪れる最後の試練
岩戸開きとは、隠されていた真実が明らかになることでもある。
だが真実は、必ずしも人が望む形で現れるとは限らない。
光が現れる前には、その光を求めざるを得ないほどの闇が訪れる。
神示はその過程を「まだ一苦労ある」と表現しているように見える。
逐次解説|神も仏も居ないと思うほどの闇
岩戸開きまでに残された苦労とは何か
岩戸開くまでにまだ一苦労あるぞ、
神を信じない臣民が大多数となった日本で岩戸を開くには、大変な苦労を伴う。
戦後日本では宗教に対して強い警戒感を持つ人が少なくない。
過去に過激な思想を持った宗教団体が社会へ大きな影響を与えたこともあり、「宗教」という言葉そのものに拒否感を示す人も多い。
そのような環境の中で神を語り、信仰を伝えることは容易ではない。
正直なところ、人の力だけでは難しいのではないかと感じることもある。
神様にお出まし願わなければ無理なのではないか。
そう思うことさえある。
だが、それが実現するためには、人々が自分たちの力ではどうにもならない現実に直面する必要があるのかもしれない。
それは希望というより、むしろ絶望的ともいえる状況である。
神も仏も居ないと思うほどの時代
この世はまだまだ悪くなるから、
も卍もこの世には居らんのざというところまで、とことんまで落ちて行くぞ。
この神示は非常に重い。
大天災、飢餓、経済破綻、戦争。
そのどれか一つでも国家を揺るがす出来事である。
しかし神示は、それらが集中して起きる可能性を示唆しているようにも読める。
神国日本が、自分たちではどうにもできず、神に祈るしかない状況へ追い込まれる。
その時、人々から上がるのは立派な祈りではない。
悲鳴のような祈りである。
神を求めるしかない叫びである。
もし日月神示に再び光が当たるとすれば、そのような時なのかもしれない。
日本は世界の中でもどん底に落ち、世界中から軽んじられる。
誇りも自信も失う。
だが、そこで終わりではない。
そんな我々に手が差し伸べられる。
援助する側も決して余裕があるわけではない。
彼ら自身も困難の中にありながら、それでも助けようとする。
その姿は日本中の人々に強い印象を残すだろう。
そして人々は問い始める。
なぜ彼らはそこまでして助けるのか、と。
九月に起こる大切な転換点
九月に気をつけよ、九月が大切の時ぞ。
この言葉を読むたびに思い出す出来事がある。
1945年9月27日。
マッカーサー元帥と昭和天皇が会見した日である。
国家神道の中で半ば神格化されていた天皇陛下は、その写真によって一人の人間として国民の前に現れた。
もちろん、多くの国民は天皇陛下を本当に神だとは思っていなかっただろう。
しかし、日本という国家が抱いていた自己認識は大きく揺らいだ。
誇りある神国日本は、敗戦国として地上へ引きずり下ろされた。
ある意味では、これも一つの岩戸開きだったのかもしれない。
真実の暴露である。
隠されていたものが明らかになる出来事であった。
だが神示は、それだけを指しているようには思えない。
九月への警告は、その後の時代にも向けられているように感じる。
私は毎年九月になると少し身構える。
どこかで「それしかない」と思わされる出来事が起こるのではないか。
そんな予感が消えないのである。
絶望の先にこそ岩戸は開く
人は余裕がある時には、自分の力を信じる。
だが、その力が通用しなくなった時、人は初めて天を見上げる。
神示が語る岩戸開きは、単なる繁栄や成功の物語ではないのかもしれない。
神も仏も居ないと思うほどの闇。
その闇を通り抜けた先で、人々は本当に求めるべきものを知る。
上つ巻18帖②は、そのための最後の試練について語っているように見える。
日月神示を原典から読む
日月神示は断片的な引用だけでは全体像を掴みにくい。
前後の文脈を読むことで、初めて見えてくるものも多い。
特に上つ巻は、その後に続く神示全体の土台となる重要な巻である。
解説と合わせて原典にも触れ、自ら読み、自ら考えることをおすすめする。
原文と向き合うことで、解説だけでは見えてこない発見があるはずだ。


コメント