日月神示には、戦時中の配給や統制を思わせる言葉が出てくる。
しかし神示が語ろうとしているのは、単なる戦争の記録ではない。
人の知恵による支配と、神の光による導き。
その違いが極限まで明らかになる時代について語られているのである。
また後半では、日本を巡る見えない戦いと、「岩戸開き」の時についても示される。
私たちは何を見て、何を信じて歩むべきなのだろうか。
配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方は
の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は
の心ぞ。
いざ人の知恵で一つでも善きことしたか、何もかも出来そこないばかり、にっちもさっちもならんことにしていても、まだ気がつかん、盲には困る困る。
救はねばならず、助かる臣民はなく、泥の海にするは易いなれど、それでは
の神様にすまず、これだけにこと分けて知らしてあるに、聞かねばまだまだ痛い目をみせねばならん。
冬の先が春とは限らんぞ。
の国を八つに切って殺す悪の計画、
の国にも外国の臣がおり、外国にも
の子がいる。
岩戸が開けたら人にわかる。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第2帖から
人の知恵と神の光はどこが違うのか
日月神示は、人間の制度や知恵そのものを否定しているわけではない。
しかし、それだけでは世界を正しく治めることはできないと語る。
人の考えだけで組み立てられた仕組みには限界がある。
一方で神のやり方は、人だけでなく自然界までも生かし喜ばせる方向へ働く。
この帖では、その違いが非常に印象的な言葉で語られている。
逐次解読|神の光が照らす世界とは
太陽のように分け隔てなく与える神の方法
配給は配給、統制は統制のやり方、神のやり方は
の光、臣民ばかりでなく、草木も喜ぶやり方ぞ、日の光は
の心ぞ。
太平洋戦争の末期から終戦直後にかけて、日本では物資不足から配給や統制が行われた。
そこには人間社会特有の不公平や矛盾もあったと伝えられている。
神示は、それに対して「神のやり方」を語る。
神の方法は、一部の者だけを潤すものではない。
草木に至るまで恩恵を与えるものであり、それは誰をも分け隔てなく照らす太陽の光に似ている。
わたしたちがイエスから聞いて、あなたがたに伝えるおとずれは、こうである。神は光であって、神には少しの暗いところもない。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 ヨハネ第一の手紙1章5節
そう、神は光なのである。
神の手が見えない時代
いざ人の知恵で一つでも善きことしたか、何もかも出来そこないばかり、にっちもさっちもならんことにしていても、まだ気がつかん、盲には困る困る。
神と神の律法を通して行うと自然と民への福利が平等に整っていく。
そこを見通す目を持つことが大事なのだが、神の手に気づかず見えない者がほとんどである。
神はほとほと呆れる外ない。
裁きよりも救いを選ぶ神の忍耐
救はねばならず、助かる臣民はなく、泥の海にするは易いなれど、それでは
の神様にすまず、これだけにこと分けて知らしてあるに、聞かねばまだまだ痛い目をみせねばならん。
救わねばならないのに、助かる臣民がいないので、海を寄せてなきものにして土くれ(アダマ)にしてもいいのだが、それでは「
の神様」(天父のこと、天子さまの父神)が悲しむだろう。
これだけ人々には知らせているのに、まだ不信仰を続けるのなら、もっと痛い目をみせるしかないようだ。
常識が通用しなくなる日
冬の先が春とは限らんぞ。
夏に積雪などという事態もあり得る。
大地が大きく動く激変が語られている。
現在(2026年)でも異常な天変地異はあるが、まだあり得るかなという感じでしかない。
常識を覆すような事態もこれから預言されていく。
日本を巡る見えない戦い
の国を八つに切って殺す悪の計画、
の国にも外国の臣がおり、外国にも
の子がいる。
原爆や大空襲は、日本人をモルモットにした兵器実験という側面もあったといわれている。
また現在も、日本列島の活断層を大きく動かし、国土を裂き沈めるような計画が進められているという見方もある。
さらに神示は、国家同士の争いだけではなく、人の目には見えないところで続いている戦いについても語っているように思える。
日本には、政府や官僚、司法関係者に、また神の組織にすらスパイや工作員が入り込んでいる。
一方で、日本を敵視し陰湿な攻撃を仕掛けている国や経済団体の中にも、神の組織に属する者たちがいる。
つまり善と悪は国籍で分けられるものではない。
神示が語るのは、日本対外国という単純な構図ではなく、それぞれの場所で進められている霊的な戦いなのである。
日本国民の多くが知らないところで、すでに戦いは続いているのかもしれない。
岩戸が開く時に明らかになるもの
岩戸が開けたら人にわかる。
黙示録では神の敵は露骨に攻撃を仕掛けてくる。
その時期になると光と闇がはっきりしてくる。それを岩戸と言っている。
個人でいえば、そうなるずっと前に神の光を受けて岩戸が頭上に開いている人もいるだろう。
そう、現実にいる。
はっきりと神の御霊を意識して闇の中を光に導かれて進む人は幸いである。
岩戸が開く前に問われるもの
この帖が語っているのは未来予言だけではない。
人の知恵に頼るのか。
神の光を求めるのか。
その選択が問われているのである。
岩戸が開いた時には誰の目にも明らかになる。
しかし、その時になって初めて気づくのでは遅いのかもしれない。
だからこそ神示は、今のうちに耳を傾けよと繰り返し語っているのである。
神示の言葉を原文でたどる
本記事で引用した内容は、日月神示の膨大な神示の一部に過ぎない。
全体を読むことで、一つひとつの言葉がどの流れの中で語られているのかが分かるようになる。
手元に置いて読み返したい方には、原文を収録した完全版がおすすめである。


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