第21帖の終わりの方では、日本が最も追い詰められた時に初めて現れる神’の神力について語られている。
外国から攻め込まれ、神国日本が滅びる寸前という極限の状況で、神’は元の神力を現して世を立て直すというのである。
さらに、その変化は国の復興だけでは終わらない。
文明の在り方、人間の身体、生命そのものの仕組みまで、本来あるべき姿へ戻されることを示しているようにも読める。
今回は第21帖の壮大な預言について考察していく。
外国から攻めて来て
の国丸つぶれというところで、元の
の神力出して世を立てるから、臣民の心も同じぞ、
江戸も昔のようになるぞ、
神の身体から息出来ぬようにしているが、今に元のままにせなならんことになるぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第21帖の一部
神’の神力によって始まる新しい文明
第21帖のパート3は、ここまで語られてきた内容を締めくくるように、神’の力が現れる時を描いている。
日本が極限まで追い詰められた時、初めて現れる神’の神力。
そして、その力は一国を救うだけではなく、人類の文明そのものを新しい段階へ導く力として語られているように感じる。
一見すると戦争や災害の預言のように読めるが、その奥には、人間そのものが本来の姿へ帰っていく未来が示されているのではないだろうか。
逐次解説|第21帖最後に示された神’の働き
神’の国が滅びる寸前で現れる神力
外国から攻めて来て
の国丸つぶれというところで、元の
の神力出して世を立てるから、臣民の心も同じぞ、
ここでいう「外国」とは、単なる一国を指しているとは思えない。
彼らはGDS(グローバル・ディープ・ステート:Global Deep State)に利用され、日本へ攻め込んでくる勢力となるのではないかと考えている。
偽りの聖約の民に押される形で外国勢力が日本へ侵攻し、大災害の混乱に紛れて、神国日本の徴である神器を奪おうとするのではないだろうか。
また、日本の経済や災害からの復興を助けるという名目で入り込み、価値が暴落した企業を買い叩き、優れた技術や、それを担う人材を奪っていくことも考えられる。
世界の混乱に乗じて利益を得ようとする勢力は、歴史を見ても決して珍しいものではない。
しかし、神示はそこで終わらない。
神国日本が滅びる寸前になった時、元の神’の神力が現れるというのである。
神’自身だけではなく、その僕たちもまた、神がかりとも言える方法によって日本を守る働きをすることになるのだろう。
その姿を目の当たりにした時、絶望していた臣民の心は一変する。
神示に「臣民の心も同じぞ」とあるように、神’の揺るがぬ力に呼応するように、人々の心も恐れから希望へと変えられていくのである。
それがどのような形で現れるのか、今の私たちには想像することしかできない。
しかし、その時代に生きる者として、その光景を見ることができるなら、それは歴史上最も大きな転換点を目撃することになるのではないだろうか。
江戸が昔のようになるとは何を意味するのか
江戸も昔のようになるぞ、
この一節は、単純に東京が昔の繁栄を取り戻すという意味ではないように思う。
現在のような超高密度の巨大都市が、そのまま復活するかどうかは分からない。
むしろ、江戸時代で築いていた循環型社会や、人と自然が共生する暮らしが、新しい文明の土台としてよみがえることを示しているのではないだろうか。
江戸は世界でも類を見ない超エコ都市であった。
物を最後まで使い切り、資源を循環させ、自然との調和を保ちながら都市を維持していた。
その思想に、超未来科学と技術、さらに神秘的な力が融合した新しい文明が築かれていくと私は考えている。
日本は復興の過程で、エネルギーと資源に関する神的な技術を確立することになるだろう。
その鍵となるのが、神器を科学することで得られる技術である。
アメリカは、その技術の一端を兵器として利用し、第三次世界大戦において敵勢力を一掃することになるだろう。
しかし日本は、その力を自国だけではなく、世界全体の復興のために用いる国になると私は考えている。
武力によって支配する文明ではなく、神’の理によって世界を建て直す文明。
それこそが「江戸も昔のようになるぞ」の本当の意味なのかもしれない。
神’と直接つながる身体へ戻される時代
神の身体から息出来ぬようにしているが、今に元のままにせなならんことになるぞ。
私は、この神示は人間の肉体そのものの変化について語っていると考えている。
始祖の堕落以来、人類は血液によって生命を維持する身体となった。
呼吸によって取り込んだ酸素を血液が全身へ運び、それぞれの細胞は血液を通して生命活動を続けている。
つまり現在の人間は、神から直接生命エネルギーを受けているのではなく、血液という仕組みによって命を維持しているのである。
しかし、この時代になると義人の中には死を経験することなく復活体を受ける者が現れると私は考えている。
肉体の死の瞬間に復活するため、自ら死を経験したという自覚を持たないのである。
また、身を替えられた生身の天使たちも、神との直接のつながりによって生命を維持する存在となるだろう。
私は、この神と直結した生命循環の仕組みを「霊脈」と呼ぶことにした。
霊脈とは、神から直接生命エネルギーを受け取り、人が神’と結ばれたまま生きる生命循環システムである。
イエス・キリストは荒野で試みを受けた際、次のように語られた。
イエスは答えて言われた、「『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 マタイの福音書4章4節
私は、この言葉は単なる比喩ではなく、将来の人類の姿そのものを示している予言のようにも思える。
復活体は血肉ではなく骨肉の身体となり、血液で生命を維持する仕組みではなくなる。
血液の酸化、すなわち錆びや炎症によって肉体が損なわれることもなくなるだろう。
さらに、食物によって生命を維持する必要もない身体となる。
それは堕落前の始祖が持っていた身体であり、神が持つ身体でもある。
神’は、人類を本来の姿へ戻そうとしておられるのである。
そして、その御用に携わる者は、あなたもこの身体の変化を経験する日が来るのかもしれない。
神’の国は滅びるためではなく建て直される
第21帖の最後の方は、日本が極限まで追い詰められる未来を描いている。
しかし、それは滅亡を意味しているのではない。
最も暗い瞬間に元の神’の神力が現れ、人々は立ち上がり、新しい文明が始まる。
江戸の知恵と神の科学が融合し、人間の身体さえも本来の姿へ戻される。
第21帖は、その壮大な神’の計画を最後に私たちへ示しているように感じる。
この御神示がどのような形で成就していくのか、これからの時代を注意深く見つめていきたい。
原典『日月神示』を読んでみたい方へ
この記事で紹介した内容は、私自身が日月神示を読み、聖書や歴史、神道などと照らし合わせながら考察した一つの解釈である。
日月神示は、一人ひとりが原文を読み、自ら考え、神’に問いながら理解を深めていく書である。
ぜひ原典にも触れ、ご自身でも第21帖を読み返してみてほしい。


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