【日月神示】上つ巻 第26帖①「あ・や・わ」の身魂とは何か──三柱の神と替え身魂の仕組みを読み解く

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天父・イエス・キリスト・聖霊の三柱が富士山を見つめるイメージ

日月神示の上つ巻第26帖は、「あ」「や」「わ」という三つの身魂について語られる重要な神示である。

一見すると言霊について語られているように見えるが、その内容は天地を統治する神々の役割と、その働きを地上で受け継ぐ「替え身魂」の存在にまで及んでいる。

今回は生命の木(セフィロト)の構造や、クリスチャンにも理解しやすい視点を交えながら、第26帖前半を読み解いていく。

「あ」の身魂とは天地のまことの一つのかけ替えない身魂ぞ、

「や」とはその左の身魂、

「わ」とはみぎりの身魂ぞ、

「や」には替へ身魂あるぞ、

「わ」には替え身魂あるぞ。

「あ」も「や」も「わ」もも一つのものぞ。

御魂引いた神かかる臣民を集めるから急いでくれるなよ、今にわかるから、それまで見ていてくれよ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第26帖の一部
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目次

「あ・や・わ」は神々の役割を示している

第26帖は「あ・や・わ」という三つの文字を用いているため、単なる言霊の話だと思われがちである。

しかし内容を読み進めると、それぞれが天地を統治する神々の役割を示していることが見えてくる。

生命の木における三本の柱と照らし合わせることで、この神示が語ろうとしている仕組みは非常に理解しやすくなる。

逐次解説|三柱の神と替え身魂の仕組み

ダアトを含む生命の木(セフィロト)の三本の柱を示したシンプルな構造図
カバラの生命の木(セフィロト)を、ダアトを含めた構成で三本の柱が分かるように整理した図。

AIに略図を書いてもらった。少し略図過ぎておかしいがご勘弁願いたい。
これで精一杯のようなのだ。

「あ」の身魂とは天地の中心となる神

「あ」の身魂とは天地のまことの一つのかけ替えない身魂ぞ、

「あ」は、はじめであり元神のことを示している。

生命の木なら三本の柱の真ん中にある「均衡の柱」にあたる。

右の神、左の神、それぞれの言い分を聞き、全体のバランスを取りながら最終的な決定を下し、その命令を左右の神へと伝える中心の存在である。

クリスチャンの視点でいえば、この位置は「天父」に相当すると私は考えている。

天地全体を統括する唯一無二の中心だからこそ、「天地のまことの一つのかけ替えない身魂」と表現されているのである。

「や」の身魂は慈悲を司る神

「や」とはその左の身魂、

中心の天父から見ると右隣に位置する神である。

しかし、私たちが三柱の神に向かって礼拝するときには左側に立つ神となる。

生命の木では「慈悲の柱」にあたる。

つまりヤハウエ(エホバ)の「や」の位置となる。

慈悲をもって人々を導き、救いへと導く役割を担う柱なのである。

慈悲とは言っても悪をそのまま赦す存在ではない。
イエス・キリストは天父から裁きを委ねられたので、悪を見過ごすという意味ではない。

一説では閻魔と地蔵は同一人物であるという。
イエス・キリストを象徴するような設定だと思う。

「わ」の身魂は正義と裁きを司る神

「わ」とはみぎりの身魂ぞ、

中心の天父から見て左隣に位置する神であり、私たちから見れば右側に立つ神となる。

生命の木では正義と裁きを司る「峻厳の柱」にあたる。

裁判でいうところの検事総長のように、善悪を正しく裁く役割を担う神である。

私は、この「わ」の身魂こそ聖霊を表していると考えている。

五十音でも「わ」は終わりの位置にあり、完成や締めくくりを象徴する文字でもある。

峻厳とは悪に容赦ないが、ただしい人にはそれを証明してくれる頼もしい存在でもある。
またイエス・キリストを通して悔い改め赦しを経た罪を追及するような存在ではない。

「や」の替え身魂とは地上へ来られた神

「や」には替へ身魂あるぞ、

ヤハウエ(エホバ)の替え身魂こそ、イエス・キリストのことである。

イエス・キリストは神として地上へ降り、人々を導くために働かれた。

神示では、このように天上の神の働きを地上で担う存在を「替え身魂」と表現しているのだろう。

天上の神が、その御心を地上で現すための存在なのである。

「わ」の替え身魂とは天使として働く者たち

「わ」には替え身魂あるぞ。

天使が配置され働くときには、聖霊の持つ力が用いられる。

その働きは時代や性別、さらには年齢さえも超える。

必要であれば、人を天使として現場へ送り出す力でもある。

それがここでいう「替え」であり、聖霊の働きを地上で担う存在を意味していると私は考えている。

神々は役割が違っても一つとなって働いている

「あ」も「や」も「わ」もも一つのものぞ。

「あ」の身魂も、「や」の身魂も、「わ」の身魂も、それぞれ異なる役割を持ちながら神会として一つになって働いている。

この神示を読む限り、私は三位一体というよりも、それぞれが独立した人格を持ちながら一致して働く「三位三体」のトリニティとして理解している。

さらに替え身魂として働く方々も、この神会とスクラムを組み、一つの目的のために働いているのである。

御魂を引いた臣民が集められる時代

御魂引いた神かかる臣民を集めるから急いでくれるなよ、今にわかるから、それまで見ていてくれよ。

自らの内なる岩戸を開いた者こそ、神示でいう臣民である。

彼らは末日の日本において、生ける天使のように命を惜しまず働く者たちとなる。

やがて身を替えられる者もいるだろう。

また、この世を去って復活し、新たな天使となって与えられた使命を果たす者も現れると私は考えている。

神はその時のために、今もなお御魂を引いた人々を静かに集め続けているのである。

まとめ|第26帖が語るのは神々の組織と働きである

第26帖前半は、「あ・や・わ」という文字の意味を説明しているだけではない。

天地を統治する三柱の神、その働きを地上で受け継ぐ替え身魂、そして御魂を引いた臣民まで、一つの神の組織として描かれているのである。

それぞれが異なる役割を担いながらも、一つの目的のために一致して働く。その姿こそ、この神示が伝えようとしている重要なメッセージではないだろうか。

原典に触れながら日月神示を読み解こう

日月神示は、解説を読むだけではなく、原文そのものを何度も読み返すことで新たな気づきが与えられる書である。

本記事で興味を持たれた方は、ぜひ原本を手元に置き、ご自身でも神示を読み進めてみてほしい。

この記事では私なりの視点から解読を試みているが、最終的に何を受け取るかは、一人ひとりが神に祈り、心で確かめていただければ幸いである。

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