神’を敬うことは信仰の根本である。しかし、神’は神のことだけを見よとは仰せになっていない。
神’が大切にしているものは臣民であり、臣民を神’のもとへ導くことこそ神’の御業だからである。
今回の神示は、「神’を愛すること」と「人を大切にすること」が決して別々ではないこと、そして高慢という人間の弱さについて教えている。
も大切ざが、この世では臣民も大切ぞ。
臣民この世の神ぞ、と言うて鼻高になると、ポキン折れるぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第28帖の一部
神’を愛し、人を愛することが神’の御心である
神’を信じることと、人を大切にすることは別々の教えではない。
神’は御自身だけを崇めよとは仰せにならない。臣民を愛し、互いに助け合い、高め合うことを望まれている。その姿こそが神’の御心なのである。
この短い神示には、神’の救いの計画そのものが凝縮されているように思える。
逐次解説|神’の愛は臣民を神’へ導くためにある
神’を愛することと臣民を愛することは一つである
も大切ざが、この世では臣民も大切ぞ。
この言葉を読むと、聖書の「二つの大切な戒め」を思い起こす。
イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 マタイによる福音書22章37ー40節
これがいちばん大切な、第一のいましめである。
第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。
これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」。
神示もまた、神’のことだけではなく、臣民も同様に大切にせよと語っている。
神’の嗣業とは、人をどれだけ神’の位置まで引き上げられるかという壮大な事業である。
しかし、その歩留まりは決して良くない。
人はそれぞれの身魂の成長に応じて、多くの階層へと分かれていく。
そのため来世には、数え切れないほどの場所が用意されるとミツゲは理解している。
わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 ヨハネの福音書14章2節
日の栄えの最高位に入ることを「昇栄」というが、そこへ到達する者は本当に少数である。
それでも、その道は全ての人に開かれている。
神’は一人でも多くの者が御許へ帰ることを望み、そのために救いの道を備えてくださっている。
だからこそ、好き勝手にこの世を生きることは、実は計り知れないほど勿体ないことなのである。
高慢な者は、最後には神’の前で砕かれる
臣民この世の神ぞ、と言うて鼻高になると、ポキン折れるぞ。
英語の Pride は、自尊心とも訳されるし、高慢とも訳される。
健全な自尊心は人が生きていく上で必要なものである。しかし、高慢は全く別物である。
神’の前では、どれほど能力があろうと、どれほど成功しようと、常に謙虚でなければならない。
見ていてよく分かることだが、人前で自分を誇る者ほど、自らの器を小さくしてしまっている。
本当に器の大きな人ほど、自分を大きく見せようとはしない。むしろ周囲を立て、自分は一歩引くことができる。
高慢は、やがて必ず砕かれる。
神示は、その姿を「鼻高になると、ポキン折れる」と実に分かりやすく表現している。
最後の裁きの日、人は神’の御前に立つ。
その時、自分が誇っていた地位や名誉、知識や財産は何一つ誇るものではなかったことを知る。
そして、自分が神’の前に相応しくない存在であったことを、自ら認めることになる。
その時になって高慢を砕かれるよりも、現世で生きている今のうちに、神’に高慢を打ち砕いていただく方が幸いである。
神’の前にへりくだる者は、自分の弱さを知る。そして、自分の力ではなく神’の力によって生かされていることを知る。
そのような者だけが、神’に救われる喜びを今この人生で味わうことができるのである。
まとめ|神’を愛する者は人を愛し、謙虚な者は神’に近づく
今回の神示は、「神’を大切にすること」と「臣民を大切にすること」は決して別々ではないことを教えている。
神’は臣民を愛しておられる。その臣民を愛することは、神’の御心に従うことでもある。
また、神’は臣民を「この世の神ぞ」とまで高く評価してくださっている。しかし、それを自ら誇る者は、高慢によって必ず砕かれるとも戒めている。
神’に近づけば近づくほど、人は自分を誇らなくなる。
自らを高くするのではなく、神’によって高められる道を選ぶこと。それこそが、神示の教える真の謙虚さなのである。
原典『日月神示』から受ける霊的な学び
日月神示は、一文ごとの言葉が極めて凝縮されており、何度読み返しても新たな気づきが与えられる稀有な神示である。
解説を読むだけでなく、ぜひ原文にも触れ、自ら神’に問いかけながら読み進めていただきたい。
人生の節目ごとに読み返すことで、以前は気づかなかった意味が開かれ、神示の言葉がより深く心に響くようになるはずである。
原典を手元に置きながら解読記事と照らし合わせて読むことで、神示の一文一文が持つ重みや奥深さを、より深く味わうことができるだろう。


コメント