人は自分の見たいものを見る。
それは昔も今も変わらない。
だが、もし見ているものそのものが歪んでいたらどうだろうか。
日月神示は、この世が上下ひっくり返った世界になっていると語る。
善が善に見えず、悪が悪に見えない時代。
そんな時代に必要なのは、知識でも情報でもない。
まずは自分の「鏡」を磨くことだという。
善言は神、なにも上下、下ひっくり返っているから、わからんから、
の心になれば何事もわかるから、鏡を掃除してくれよ。
今にこのおつげが一二三ばかりになるから、それまでに身魂をみがいておかんと、身魂の曇った人には何とも読めんから、早く
こころに替えておりてくれ、何も一度に出て来る。
海が陸になり陸が海になる。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第3帖
なぜ人は真実を見失うのか
世の中が混乱する時代になると、多くの人は外ばかりを見る。
誰が悪いのか。何が原因なのか。どちらが正しいのか。
だが神示は、まず自分の内側を見よと語る。
曇った鏡で世界を見れば、どんな景色も歪んで映る。
逆に心が静まり、神の心に近づけば、見えていなかったものが見え始める。
上つ巻第三帖は、そのための準備を促している神示とも読める。
逐次解読|鏡を磨く者だけが見える世界
善悪が逆転した時代の中で
善言は神、なにも上下、下ひっくり返っているから、わからんから、
の心になれば何事もわかるから、鏡を掃除してくれよ。
善いものは神から出る。
これは日月神示だけでなく、聖典にも共通して流れている考え方である。
モルモン書には次のような言葉がある。
したがって、善いものはすべて神から出て、悪いものは悪魔から出る。悪魔は神に対する敵であって、絶えず神と戦い、また人を誘い、そそのかして罪を犯させ、いつも悪いことを行わせようとする。
しかし見よ、神から出るものはいつも善を行うように誘い、促す。したがって、善を行い、神を愛し、神に仕えるように誘い、促すものはすべて、神の霊感を受けているのである。
さて、わたしの愛する同胞よ、あなたがたは悪いものを神から出たと思わないように、あるいは善いもので神から出ているものを、悪魔から出たと思わないように気をつけなさい。
末日聖徒イエス・キリスト教会 モルモン書 モロナイ書7章12-14節
神示は「上下ひっくり返っている」と語る。
現代社会を見れば、その意味は分かりやすい。
本来なら恥じるべきものが称賛される。
慎みや節度よりも刺激や快楽が求められる。
善悪の境界線が曖昧になり、何が正しいのか分からなくなる。
そして人は薄々気づいている。
このままではまずい。
だが、見ないふりをする。
その方が楽だからだ。
その方が今を楽しめるからだ。
しかし、その道が地獄への階段になっているならどうだろう。
神示は言う。
まず鏡を掃除せよ、と。
鏡とは心である。
心の曇りを取り除き、神の心が映るようになった時、人は初めて物事を正しく見られるようになるのである。
啓示を読む力は知識ではなく身魂で決まる
今にこのおつげが一二三ばかりになるから、それまでに身魂をみがいておかんと、身魂の曇った人には何とも読めんから、早く
こころに替えておりてくれ、何も一度に出て来る。
日月神示の初期の神示は、一二三などの数字や図形ばかりだった。
現在私たちが読める形になっている神示も、最初から文章だったわけではない。
岡本天明自身ですら解読できない部分があったという。
神示はここで、「これから大量の言葉が出て来る」と告げている。
つまり、啓示の本格的な開示が始まるという意味にも読める。
しかし同時に警告もしている。
身魂が曇っている人には理解できない、と。
どれほど言葉が与えられても、受け取る器がなければ意味が分からない。
啓示とは頭で理解するものではなく、心で受け取るものだからである。
神示は「
こころに替えておりてくれ」と語る。
「神懸かり」という言葉がある。
単なる霊的現象ではない。
神の心を感じ、神の視点で物事を見る状態とも言えるだろう。
後に出口なおが神懸かりによって神示を人が読める文章として伝えたように、神の言葉は神の心を持つ者によって初めて理解されるのである。
海が陸になり陸が海になる日
海が陸になり陸が海になる。
日月神示には、日本は土が上がるという神示がたびたび現れる。
しかし実際には、一方的に土地が増えるだけではなく、上がる場所もあれば沈む場所もあるのだろう。
海が陸になり、陸が海になる。
その言葉どおりの変化である。
みつげは、この神示を読むたびにあることを考える。
日本の大都市はほとんど海沿いにある。
東京も大阪も名古屋もそうだ。
もし海岸線が大きく変化するような事態になれば、日本経済は麻痺するどころでは済まない。
物流も金融も産業も深刻な打撃を受けるだろう。
もちろん、それがどのような形で起こるのかは分からない。
地殻変動かもしれない。
津波かもしれない。
あるいは別の形かもしれない。
だが神示は、私たちが当たり前だと思っている地形すら永遠ではないと語っているのである。
問われているのは世界ではなく心の状態
第三帖が繰り返し語るのは、未来予言そのものではない。
もっと根本的なことである。
世界がどう変わるかより先に、自分の心がどうなっているか。
善悪が逆転した時代において、何を善とし何を悪とするのか。
啓示を受け取れるかどうかも、未来の変化に耐えられるかどうかも、結局はその一点にかかっている。
神示は今も静かに語り続けている。
まず鏡を磨け、と。
原文を読むと見えてくるもの
日月神示は断片的に引用されることが多い。
しかし前後を通して読むと、まったく違う景色が見えてくる。
一つひとつの帖を追いながら読むことで、神示全体が何を語ろうとしているのかが少しずつ浮かび上がってくる。
日月神示を深く読みたい人は、原文を手元に置いておくことをおすすめする。


コメント