人は変わりたくない。
今のままでいたい。
昨日と同じ今日が続いてほしい。
だが日月神示は、そうした人間の性質を見抜いた上で、何度も「早く」と繰り返す。
神は急いでいる。
しかし臣民は動かない。
上つ巻第四帖は、その焦りにも似た神の声が響く神示である。
急ぐなれど、臣民なかなかに言うこと聞かぬから、言うこと聞かねば、聞くようにして聞かす。
神には何もかも出来ているが、臣民まだ眼覚めぬか、金のいらぬ楽の世になるのぞ。
早く祀りて呉れよ、神祀らねば何も出来ぬぞ。
表の裏は裏、裏の裏がある世ぞ。
をダシにして、今の上の人がいるから、
の力出ないのぞ。
お上に大神を祀りて、政事をせねば治まらん。
この神を祀るのは、見晴らし台ぞ、富士見晴らし台ぞ、早く祀りてみ御告げを世に広めてくれよ。
早く知らさねば日本がつぶれるようなことになるから、早う祀りて
の申すようにしてくれ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第4帖
急けるよ。
神が急ぐ理由を考えてみる
この帖には「早く」が何度も出てくる。
神は全てを見通している。
だからこそ、迫り来る未来も見えている。
それゆえに神は急ぐ。
だが人は急がない。
その温度差が、この帖全体に流れているように感じる。
逐次解読|神はなぜ急がれるのか
聞く耳を持たぬ者は、聞かされる時が来る
急ぐなれど、臣民なかなかに言うこと聞かぬから、言うこと聞かねば、聞くようにして聞かす。
「聞くようにして聞かす」。
かなり強い表現である。
そこに優しいイメージはない。
災害もあるだろう。
その中で命を落とす人もいるかもしれない。
それでもまだ警告の範囲内なのだろう。
いきなり泥の海になるよりは、まだ猶予が残されている。
あるいは肉体を離れ、向こうの世界でようやく神の言葉を聞くようになるという意味も考えられる。
神は呆れておられるのかもしれない
神には何もかも出来ているが、臣民まだ眼覚めぬか、金のいらぬ楽の世になるのぞ。
神が統治する世では、人々は豊かさを享受できる。
それなのに人は神よりも欲を選ぶ。
競争を選び、奪い合いを選び、不安に縛られ続ける。
正直なところ、私はこの部分を読んで少し吹いてしまった。
「まだ眼覚めぬか」。
神が少し呆れておられるようにも聞こえるからだ。
神を祀るとは、自分の中心に据えること
早く
祀りて呉れよ、神祀らねば何も出来ぬぞ。
なぜ
を祀るのか。
祀るとは、自分の中心に
を置くことだと思う。
神とのつながりが確立されると、個人的な霊的交流が始まる。
何をするべきか。
どこへ向かうべきか。
進むべき道が示される。
そうして心の中に一本の軸が生まれる。
あとは一心不乱に歩き出すだけである。
裏を暴いても、さらに裏がある
表の裏は裏、裏の裏がある世ぞ。
見えている世界の裏側に真実がある。
そう考える人は多い。
しかし神示はそこで終わらない。
裏の裏があると言う。
表を疑い、裏を暴いたつもりが、さらに深い裏に捕まることもある。
堕ちていく道は無数にある。
だからこそ必要なのは知識ではなく、神’とのつながりなのかもしれない。
神の名を使う者が、神の側とは限らない
をダシにして、今の上の人がいるから、
の力出ないのぞ。
神との交流を進めると称する団体や宗教は数多い。
だが気を付けなければならない。
実はマインドコントロールと一体化している場合もあるからだ。
エセ啓示は肉体を喜ばせる。
そして神との交流だと錯覚させる。
そこに俗物が神の皮をかぶって入り込む。
遣り甲斐があるように見せながら、神とは別の存在を肥えさせているだけの場合もある。
そこで搾取されても、本当の救いは存在し得ない。
だからこそ問うてほしい。
あなたが信じている神は本物か。
その答えを、あなた自身の中の
に尋ねてほしい。
にせ預言者を警戒せよ。彼らは、羊の衣を着てあなたがたのところに来るが、その内側は強欲なおおかみである。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 マタイの福音書7章15-16節
あなたがたは、その実によって彼らを見わけるであろう。
政とは本来、神を祀ることだった
お上に大神を祀りて、政事をせねば治まらん。
政(まつりごと)とは本来、神を祀ることだった。
神に問い。
神に聞き。
神意を社会に反映する。
大神を中心に据えた統治は、臣民に豊かさと幸福をもたらす。
古代においては、統治者と預言者はほぼ一体の存在だった。
その原点に戻れと神示は語っているように見える。
富士見晴らし台とは何を意味するのか
この神を祀るのは、見晴らし台ぞ、富士見晴らし台ぞ、早く祀りてみ御告げを世に広めてくれよ。
神の光を高く掲げよ。
そう読める一節である。
私は「富士見晴らし台」を「不死見晴らし台」と重ねて考えている。
不死とは神。
そしてイエス・キリスト。
高く掲げるという言葉から、クリスチャンなら次の聖句を思い出すだろう。
あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。
新約聖書 日本聖書協会 口語訳 マタイの福音書5章14-16節
また、あかりをつけて、それを枡の下におく者はいない。むしろ燭台の上において、家の中のすべてのものを照させるのである。
そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かし、そして、人々があなたがたのよいおこないを見て、天にいますあなたがたの父をあがめるようにしなさい。
日本を救う鍵はどこにあるのか
早く知らさねば日本がつぶれるようなことになるから、早う祀りて
の申すようにしてくれ。
神示はかなり強い警告を発している。
まだ神に見捨てられていないうちに、神に従えと言う。
そして神意を受け取れる統治者を立てよと語っているようにも見える。
国を立て直す力は、制度や技術だけでは足りないのかもしれない。
神は急がれる。それでも待ってくださっている
急けるよ。
時代は確実に迫っている。
猶予は無限ではない。
それでも私は思う。
神は驚くほど忍耐しておられる。
もし私が神なら、もう泥の海に変えてしまっているかもしれない。
それでも神は待っておられる。
だからこそ、この「急けるよ」という言葉には警告だけでなく、最後の慈悲も込められているように感じるのである。
急ぐ神と、急がない人間
上つ巻第四帖は、神の焦りにも似た声が響く帖だった。
神は未来を見ている。
人は目の前しか見ていない。
だから急ぐ神と、急がない人間が生まれる。
だが神はなお待っておられる。
この帖は、その忍耐の限界が近づいていることを静かに告げているようにも見える。
原典に触れた時、見えてくるものがある
日月神示は解説だけで理解できるものではない。
むしろ原文そのものに触れた時、突然意味が開けることがある。
同じ神示を読んでも、人によって受け取る意味は違う。
だからこそ原典を手元に置き、自分自身の問いとして読み進めてみてほしい。


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