【日月神示】上つ巻 第5帖|あなたの中に富士を開くとき、神は語り始める

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巨大な富士山と木花咲耶姫が日本列島を見守り、各地に小さな富士が連なる幻想的な風景。背景には半透明の勾玉が浮かび、神の山が全国に広がる様子を象徴している。

人は遠くにある聖地ばかりを探そうとする。

けれど日月神示は、富士を外ではなく内に探せと語る。

神の山とは何か。

富士を開くとは何か。

ヒムカとは何を意味するのか。

この帖では、神を迎え入れる体験について、さまざまな言葉を重ねながら繰り返し語られている。

クリスチャンであれば聖霊の導きを初めて受けた経験に近いかもしれない。

神を知ることではなく、神を迎えること。

上つ巻第5帖を読み解いていく。

富士とは神の意味を持つ図形かみの山のことぞ。

神の山はみな富士と言うのぞ。

みはらし台とは、身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。

臣民の身の中に一杯に神の意味を持つ図形の力を張らすことぞ。

大庭おにわの富士を探して見よ、神の意味を持つ図形の米が出て来るから、それを大切にし。

富士を開くとは心に神の意味を持つ図形を満たすことぞ。

ヒムカとは神を迎えることぞ、ヒムカはその使いぞ。

ヒムカは神の使いざから、この道を早う開いてくれよ、早う伝えてくれよ、ヒムカのお役は人の病を治して神の意味を持つ図形の方へ向けさすお役ぞ、この道をよく心得て間違いないように伝えてくれよ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第5帖
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目次

富士は山ではなく、神を迎える体験の象徴

この帖は「富士」「開く」「張る」「満たす」「迎える」という似た意味を持つ言葉を何度も繰り返している。

それは単なる言葉遊びではない。

神を知識として理解するのではなく、実際に体験することを強く勧めているのである。

クリスチャンであれば、初めて聖霊の導きを感じた経験を思い出すかもしれない。

祈りの中で突然心が温かくなったり、自分では考えつかない平安が訪れたりする。

末日聖徒イエス・キリスト教会では、それを個人の啓示と呼ぶ。

日月神示は、そのような神との個人的な出会いを求めなさいと語っているようにも読める。

逐次解読|富士を開くとは何か

富士は神の山であり、みたまを感じる場所

富士とは神の意味を持つ図形かみの山のことぞ。

本物の霊峰富士は、見るだけでも何かあると思わせる力がある。

古代から人々が富士山を特別視してきた理由も、そのような霊的な感覚にあったのかもしれない。

不死を秘めた神の意味を持つ図形の山。

ここで神の意味を持つ図形とは、不死であるイエス・キリストであり、また聖霊を示しているようにも思える。

私たちが日々の祈りや瞑想の中で接しているのは、主として聖霊である。

その聖霊の影響力を、日月神示では「みたま」と表現しているようにも見える。

みたまを感じやすい場所というものは確かにある。

山はその代表的な場所の一つだろう。

そして富士とは、必ずしも富士山だけを指しているわけではない。

神を感じる山はすべて富士である

神の山はみな富士と言うのぞ。

日本には各地に〇〇富士と呼ばれる山がある。

富士山に姿が似ているからそう呼ばれることもある。

しかし、それだけではない。

富士に似ていなくても、人々が修行を行い、神仏に近づこうとしてきた山がある。

たとえば高野山や石鎚山。

さらに聖書には、モーセが神と出会ったシナイ山が登場する。

そうした神との接点となる山々もまた、日月神示のいう「富士」なのかもしれない。

身を張るとは神に満たされること

みはらし台とは、身を張らすとこぞ、身を張らすとは、身のなかを神にて張ることぞ。

もしそうした山を神殿として礼拝し、霊的な思いに満たされている人がいたら。

その人は周囲から光って見えるのだろうか(笑)

もちろん実際に発光するわけではない。

だが、神に近づこうとする人には独特の雰囲気がある。

自分の内側を神にさらけ出す。

そのとき、みたまによって満たされる。

「張らす」と「満たす」は、ここでは同じことを語っているように見える。

神に満たされた人々が増えるなら

臣民の身の中に一杯に神の意味を持つ図形の力を張らすことぞ。

もし日本人がみな神の意味を持つ図形の力に満たされるならどうなるだろう。

互いを騙さず。

互いを傷つけず。

神を第一に考えるようになる。

それだけで社会は大きく変わる。

奇跡とは、空から火が降ることだけではない。

人の心が変わることもまた奇跡なのである。

あなた自身の富士を探してみる

大庭おにわの富士を探して見よ、神の意味を持つ図形の米が出て来るから、それを大切にし。

自分の周りの富士を探してみよう。

静かな早春の森だったり、穏やかな日の光に満たされた自分の部屋だったりするだろう。

神の霊にあなたが満たされる場所こそが、あなたの富士となる。

ところで神’の米という表現には少し笑ってしまった。

たしかに神の意味を持つ図形は米に見える(笑)

ヤハウェを表すヘブライ文字の「י(ヨッド)」は、小さな米粒のようにも見える。

また勾玉や太極図にも似た形があり、日月神示で語られる「みたま」の象徴を連想させる。

興味がある方は、こちらの記事も参考にしてほしい。

富士を開くとは心を開くこと

富士を開くとは心に神の意味を持つ図形を満たすことぞ。

神の意味を持つ図形

富士。

開く。

張らす。

満たす。

この帖では似た意味を持つ言葉が何度も繰り返される。

結局のところ語っていることは一つだ。

心を開きなさい。

神を迎え入れなさい。

そのために様々な角度から表現しているのである。

ヒムカとは神を迎える者

ヒムカとは神を迎えることぞ、ヒムカはその使いぞ。

ヒムカを漢字で書けば日向。

なまって「ひゅうが」と読まれるようになったとも考えられる。

日向とは太陽に向かう場所。

光を受ける場所である。

これもまた「満たされる」の別表現だろう。

神を迎えることを助ける使いは確かにいる。

それは昔だけの話ではない。

今もまた存在している。

二人の使いがあなたを神へ向ける

ヒムカは神の使いざから、この道を早う開いてくれよ、早う伝えてくれよ、ヒムカのお役は人の病を治して神の意味を持つ図形の方へ向けさすお役ぞ、この道をよく心得て間違いないように伝えてくれよ。

使いには二つの種類がある。

まず一人目は普通の人である。

それも若くて威厳などなさそうな人かもしれない。

悪魔はそう思わせるだろう。

「そんな人に何ができるのか」と。

だが、見かけに欺かれないでほしい。

素質のある人は、その人が普通ではないことに気づくだろう。

彼らは霊的なメッセージを携えている。

そして、そのメッセージに触れたとき希望を感じる人もいるだろう。

その時、もう一人の使いが働く。

それは聖霊である。

言葉では説明できない静かな確信。

「そうだ」という霊へのYESの答え。

その証は、人の心の傷を癒やす力を持っている。

人の病には身体の病もあるが、それ以上に心の痛手や魂の傷がある。

神からのメッセージと聖霊の証は、その傷を癒やし、人を神の方へ向ける力を持っている。

時には身体の病が癒やされることもある。

それは神が示される一つの徴となるだろう。

富士はあなたの内側にある

富士を探せと言われると、多くの人は富士山を思い浮かべる。

だが、この帖が語る富士はそれだけではない。

神を感じる場所。

神を迎える場所。

神に満たされる場所。

そのすべてが富士である。

そして最後に開くべき富士は、自分自身の心の中にある。

原典に触れると見えてくるもの

日月神示は、解説だけを読むよりも原文そのものに触れた方が響くことが多い。

同じ文章でも、その時々の状況によって全く違う意味が立ち上がってくるからである。

今回の第5帖もまた、「富士」という言葉の奥に隠された意味を、自分自身で感じ取ってみると新しい発見があるかもしれない。

日月神示を継続して読むなら、原典を手元に置いておくことをおすすめする。

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巨大な富士山と木花咲耶姫が日本列島を見守り、各地に小さな富士が連なる幻想的な風景。背景には半透明の勾玉が浮かび、神の山が全国に広がる様子を象徴している。

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