【日月神示】松の巻 第11帖|神が嫌う「法律」とは何か――中の道に立つ者への警告

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光と闇の分かれ道を進む人物と天秤と鳥居が象徴する中の道のイメージ

この帖は、かなり露骨だ。
「法律が嫌いだ」とまで言い切っている。

では、何が嫌われているのか。
そして、何が壊されようとしているのか。

ここには、国家と人間の関係をひっくり返すような視点がある。

今の法律、この方嫌いぢゃ。
嫌いのもの無くするぞ。
凝り固まるとそこなうぞ。
この道、中行く道と申してあろが、あれなら日津久ひつく御民みたみぞと世間で言うような行いせねばならんぞ。
神の国と申すものは光の世、歓びの世であるぞ。虫けらまで、てんし様の御光みひかりに集まる歓びの世であるぞ。
見事この方について御座れ。手引っ張って峠越さしてやるぞ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第11帖
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目次

法が人を守らないとき、何が起きるのか

この帖が語っているのは単純だ。
「法律があること」ではなく、「法律が何のためにあるのか」が問われている。

人を縛るための法は、やがて神に嫌われる。
そして、その仕組みごと壊される。

逐次解読|その法律は、誰を守っているのか?

「法律」という名の支配装置

今の法律、この方嫌いぢゃ。

この神示が書かれた当時で言えば、
治安維持法、国家総動員法、軍機保護法などを指すと考えられる。

また、大日本帝国憲法では、天皇陛下(人間)と天皇(神)を混同し、
建国神話を利用して国家神道を形成した。

そのうえで、富国強兵を掲げ、
民の自由を大きく制限した。

結果として、民の福利は著しく損なわれた。

そして現代。
表向きは自由主義でありながら、
実態としては別の形で民を縛っている。

戦前・戦中・戦後と形を変えながら、
「民をないがしろにする法」は続いている。

「無くする」とは何を意味するのか

嫌いのもの無くするぞ。

法律そのものだけでなく、
それを運用する者も含めて淘汰される。

その後に来るのは、
「相応しい者による運用」と
「民のための法」への転換だろう。

固まった正義は、やがて暴力になる

凝り固まるとそこなうぞ。

本来は秩序を守るための法が、
逆に人を壊す側に回る。

神が嫌うのは、この「動かない正義」だ。

右でも左でもない「中の道」

この道、中行く道と申してあろが、あれなら日津久ひつく御民みたみぞと世間で言うような行いせねばならんぞ。

右でもない。左でもない。
しかし、どちらにも見えることがある。

それが中の道であり、
バランスの軸である。

光に集まる世界とは何か

神の国と申すものは光の世、歓びの世であるぞ。虫けらまで、てんし様の御光みひかりに集まる歓びの世であるぞ。

神の国とは、支配の強い国ではない。
光に自然と集まる世界だ。

峠は越えられると約束されている

見事この方について御座れ。手引っ張って峠越さしてやるぞ。

導く側は手を引く。
越えられない峠ではない。

法が変わるのではない、「軸」が変わる

人間の都合か。
神の調和か。

その軸が問われている。

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