日月神示「松の巻」18帖は、戦争というものの本質を、かなり厳しい言葉で突いている。
ここで語られているのは、単なる軍事力の話ではない。
国と国、人と人、思想と思想がぶつかるだけの戦いでは、最後には勝てないということだろう。
神の支持なき戦い。
神と臣民が融け合わない戦い。
そこには、どれほど勢いがあっても、真の勝利はない。
この帖では、日本の敗北、悪神による穢れ、そして最後に起こる「学問と神力」の戦いが語られているように思う。
人民同士の戦ではかなわんということよくわかりたであろがな。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第18帖
神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。
悪神よ、日本の国をここまでよくも穢したな。
これで不足はあるまいから、いよいよこの方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。
学問と神力の、とどめの戦ざぞ。
この帖を読むと、大東亜戦争、太平洋戦争の敗北だけで終わる話ではないように感じる。
むしろ、そこから現在まで尾を引く霊的な戦い。
さらに、その先にある最後の戦いまで見据えているのではないか。
勝敗を分けるのは、武力ではなく神との一致
この帖で最初に示されるのは、「人民同士の戦ではかなわん」という言葉だ。
人間の都合。
国家の利害。
軍事力の優劣。
それらだけで戦っても、最後には勝てない。
日月神示が言う勝利とは、ただ敵国を倒すことではない。
神と臣民が融け合い、神の意志に沿って動くところに、初めて本当の力が現れるということだろう。
逐次解説|神なき戦争から、とどめの戦へ
人民同士の戦では、最後には勝てない
人民同士の戦ではかなわんということよくわかりたであろがな。
この戦争、大東亜戦争、太平洋戦争は、最初は快進撃だった。
けれど、その後は悲惨なものになっていった。
神の支持がない戦争。
つまり、神の加護がない戦争だったということだろう。
「神国であるから勝てる」はずではなかった。
神国を名乗っていても、神と一致していなければ勝てない。
ここで言う「人民同士」とは、そういう意味だと思う。
人間同士が、人間の都合でぶつかっているだけの戦争。
そこには神の号令がない。
これは日本だけではなく、アメリカも同様だとミツゲは思う。
アメリカは勝った。
けれど、それに味を占めたのかもしれないが、あとあとで失うものも多かったのではないか。
その尾は、今も引いている。
そして最終的には、ハルマゲドンで決着する流れにつながっていくのではないかと思う。
神と臣民が融け合うところに、大和魂がある
神と臣民融け合った大和魂でないと勝てんことぞ。
大和魂という言葉は、単なる根性論ではない。
神と一体となり、神の号令で一挙一動する。
それが本来の大和魂なのだろう。
現実には、それは預言者を通した導きとなるのかもしれない。
神の意志を受け取り、それに従って動く者がいる。
先の大戦でも、天皇陛下は見えていたように思う。
けれど、軍部も国民も一顧だにしなかった。
それでは負けるわ。

神と臣民が融け合っていない。
ただ国威と軍事力と熱狂だけで進んでいった。
そこに本当の大和魂はなかったのだと思う。
神国を穢したものは、外の敵だけではない
悪神よ、日本の国をここまでよくも穢したな。
神国が侵略をするのか。
ここは、かなり重い問いになる。
もちろん、物事には陰陽がある。
戦争にも功罪はあるだろう。
けれど、神国がこの体たらくでは、「良いこともあった」などと恥ずかしくて言えぬよ。
神の国であるなら、神の国らしくなければならない。
それができなかった。
そして戦後は、その反動で臣民が腐ったように見える。
これは、単にアメリカにやられたという話ではない。
その背後にいる悪神(悪魔)にしてやられたのだと思う。
国を敗北させ、誇りを折り、信仰を薄め、精神を腐らせる。
そういう流れが、戦後の日本に入り込んだように見える。
どん底を知った日本が、ふたたび立つ
これで不足はあるまいから、いよいよこの方の仕組通りの、とどめにかかるから、精一杯の御力でかかりて御座れ。
これから起こることは、どう見ても厳しい。
日本は人口を減らし、災害や戦争で大きく傷つき、国力はどん底となる。
世界中に蔑まれる国になってしまうのかもしれない。
けれど、そこで終わりではない。
どん底を知り、神を崇める臣民になった日本は強い。
人間の力ではなく、神に立ち返った力を持つからだ。
誰もが恐れる勢力に対して、護りつつ勝ちにいく。
そのような姿が、ここには示されているのではないか。
「とどめにかかる」とは、単なる破壊ではない。
神の仕組が最後の段階に入るということだろう。
学問と神力がひとつになる時代
学問と神力の、とどめの戦ざぞ。
ここで言う「学問」と「神力」は、対立するものではないと思う。
大和魂とは、神を理解し、探求する中で発揮される力。
ただ感情的に信じるだけでもなく、知識だけで神を裁くのでもない。
科学技術も、政治も、神政を意識するときに本来の力を発揮できる。
神を抜きにした学問は、冷たい力になる。
学問を抜きにした信仰は、盲目になりやすい。
その二つが結ばれるところに、真の戦いができるのだろう。
神国日本が、神の加護を受けて戦う様を、世界中に示す。
この帖は、その未来を見ているように思う。
勝つためではなく、神に立ち返るための戦い
松の巻18帖は、戦争を美化しているのではない。
むしろ、人間だけで戦うことの限界を突きつけている。
神の名を掲げながら、神と一致していないなら、それは神国の戦いではない。
本当の勝利は、敵を倒すことではない。
神と臣民が融け合い、学問と神力が結ばれ、神の仕組に沿って動くこと。
日本は一度、深く穢された。
しかし、その穢れを知った者こそ、神に立ち返ることができる。
この帖は、その厳しい回復の道を語っているのだと思う。
日月神示を原文で読むために
日月神示は、解釈だけを読むよりも、やはり原文に触れることが大切だと思う。
言葉の響き。
独特の言い回し。
一見わかりにくい表現の奥にある霊的な圧力。
それは、解説だけでは拾いきれない。
原文を手元に置いて読むと、同じ帖でも、読む時期によってまったく違う意味が立ち上がることがある。
日月神示を深く読みたい方には、原文をまとめた本を一冊持っておくことをおすすめしたい。


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