見えている世界の奥で、何かが進んでいる。
それは派手な崩壊ではなく、もっと静かなもの。
気づかぬうちに、ふるいにかけられていくような流れ。
この第2帖は、その“選別の現実”を淡々と語っている。
の国を、足の踏むところないまでに穢してしもうているが、それで
力は出ぬぞ。
臣民無くなるぞ。残る臣民、三分難しいぞ。
三分と思えども二分であるぞ。
邪魔せにように、わからん臣民見物して御座れ。
ここまで知らして眼覚めん臣民人民なら手引いて見ていて御座れ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第2帖
見事仕上げて見せるぞ。
これは「警告」でありながら、同時に“どう振る舞うか”まで示されている。
激しく抗うことでも、優れた知識でもない――
むしろ逆の姿勢が浮かび上がってくる。
すでに始まっている「見えない選別」
この神示は、未来の出来事ではなく、
すでに進行している流れとして読むと見え方が変わる。
「穢れ」とは何か。
そして「残る」とはどういう意味か。
ここから一つずつ紐解いていく。
逐次解読|静かに進む「ふるい分け」
穢れた国では力は働かない
の国を、足の踏むところないまでに穢してしもうているが、それで
力は出ぬぞ。
上辺だけ日本人の国の指導者、おこぼれに目がくらんだ一部の民も欲ばかり追求し、神や同胞の福利をないがしろにしている。
これでは神国の真の力は働けない。
「消える」という表現の重さ
臣民無くなるぞ。
このままなら臣民が消えてしまう。
もう神は猶予を臣民に与えることはできない。
神国の力が出ないようであれば、その原因を取り除いてしまうまで。
三分すら残らない現実
残る臣民、三分難しいぞ。
三分は残したいところだが、それも難しいくらい穢れはひどい。
実際には二分ほど
三分と思えども二分であるぞ。
30パーセントくらいは残したいところだが、
実質、有益な臣民は20パーセントくらい。
動かない者は残る可能性がある
邪魔せにように、わからん臣民見物して御座れ。
この業が現実になる時は、邪魔をして淘汰されるよりは様子見でじっとしているがいいよ。
10パーセントのうちに入れてくれるかも知れない。
保障はできないけど・・・
悟らない者も残る余地がある
ここまで知らして眼覚めん臣民人民なら手引いて見ていて御座れ。
ここまで知らせて悟らない臣民は見ているがいいよ。
運が良ければ淘汰されないで残れるかも知れないから。
良くも悪くもない臣民が残された事例ならあるから。
かつてアメリカ大陸でイエス・キリストの再降臨に近い出来事があった。
その時、多くの民が淘汰されてしまったが、残された人もいた。
その基準がこちら。↓
わたしは、多くのひどい破壊がこの地とここに住む者たちに及ぶようにさせたが、それは彼らの悪事と忌まわしい行いのゆえである。
おお、彼らよりも義にかなっているために、命を助けられているすべての者よ。わたしがあなたがたを癒すことができるように、今あなたがたはわたしに立ち返り、自分の罪を悔い改め、心を改めようとしているか
末日聖徒イエス・キリスト教会 モルモン書 第三ニーファイ9章12-13節
最後は「仕上がる」
見事仕上げて見せるぞ。
神示通りになる様を見ているがいい。
適度なところで見るだけの人は道を選びとることを進めるけどね。
静かに残るという選択
穢れた臣民となるよりは、ボーッとしている方が残される可能性があるということかな?
あまりポイントは高くなさそうだけど。
しかし、この“低い位置”に見える姿勢こそ、
実は最も干渉しない在り方なのかもしれない。
積極的に善を行う者でもなく、
悪に加担する者でもない。
ただ、流れの中で動かない者。
この神示は、そういう存在をも残す余地を示している。
この一冊がすべての起点になる
原典にふれることで、あなただけの読み解きが示されるかも知れない。
霊感された書は、霊感される可能性を秘めている。
聖文って、そういうものだよ。


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