【日月神示】松の巻 第23帖|神人はどこにいるのか──「鳴り動く者たち」と新たな地の始まり

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光に満ちる新世界を見つめる神人たちの幻想風景

時代が大きく動く時、表に立つ英雄だけではなく、名も知られぬ「働く者たち」がいる。

日月神示 松の巻 第23帖は、そんな“神人”たちの存在と、世界そのものが新たな段階へ移行していく過程を語っているようにも読める帖である。

ここで繰り返される「鳴る」という言葉。

それは単なる音ではなく、神の働きが世界へ響き渡る現象そのものなのかもしれない。

国々所々に、神人鳴り動く、道は世にひらき極む、日月地更に交わり結び、その神々ひらき弥栄え、

大地固成、まことの神と現われ、正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成るぞ。

正しくひらけ弥栄えて更につきず、鳴る道に成り、交わる。

永遠の世光ることは永遠の大道、息吹き大地に充ち満つ道。

展きてつきず、極り成る神の道。

苦しむ道をひらき、日月地に苦しむ喜び出で、神の国むつび、ことごとく歓喜弥栄ゆ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第23帖

静かに始まっている変化は、目立つ場所だけで起きているわけではない。

むしろ人知れず動く者たちによって、世界の深い部分が組み替えられている──そんな気配を感じさせる帖でもある。

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目次

「鳴り」が世界を動かし始める時

この帖には、「鳴る」「交わる」「弥栄える」という言葉が何度も現れる。

それは破壊と終末だけを示しているのではなく、世界そのものが更新され、新しい秩序へ移行する過程を示しているようにも見える。

神示は、崩壊の後ろ側にある「創造」を見ているのかもしれない。

逐次解説|神人たちはどこで働いているのか

世界の裏側で動く「神人」

国々所々に、神人鳴り動く、道は世にひらき極む、日月地更に交わり結び、その神々ひらき弥栄え、

ここで語られる「神人」とは何なのか。

神人は少数であり、多くの場合は目立たない。

しかし彼らは、自らの使命が「人々を救いへ導く道」に関わることを知っている。

神人には二つの型があるようにも見える。

一つは、普通の人として生きている人。

現世での限りある自分自身の人生も歩みつつ、神から与えられた役目を果たしている人でもある。
ミツゲもその一人になるならうれしい。

もう一つは、生きながら身を替えられた者、あるいは一度死んで復活し、この時代へ再び置かれた存在。

彼らは神々であり、天使でもある。

見かけは普通の人だが、時代の節目を密かに動かし、整える働きをしている。

役目を終えると姿を消し、また別の場所で働く。

どちらも神から啓示を受け、命じられ、役割を果たす者たちである。

そして、その働きの最終目的は、神の再来──イエス・キリストの再臨に備えるためである。

神の栄光が地上へ満ちるために、彼らは静かに動いている。

これらについては「栄光の示現」という書籍で、かなり具体的に知ることができるだろう。

「大地固成」とは何を意味するのか

大地固成、まことの神と現われ、正し、三神は世に出づ、ひふみと鳴り成るぞ。

「大地固成(おおとこたち/おおじかためなり など諸説)」は、神道系に見られる言葉であり、

「大地を固め整える」、」「地を安定させ、新たに成していく」

そうした“働き”そのものを表す神格表現に近い。

現在、地震や地殻変動が増えていることは、単なる災害ではなく、神からの警告という側面はあるだろう。

しかし、福千年へすでに突入した今という視点で見るなら、それは原初の地球──「ひふみ=はじめ」の状態へ戻るために、大地そのものが動いている過程なのかもしれない。

ここでいう「鳴り」とは、神の栄光による維持であり、更新でもある。
そして「成る」のである。

それは神会──天父、イエス・キリスト、聖霊によって成される業として読むこともできる。

螺旋を描いて戻る世界

正しくひらけ弥栄えて更につきず、鳴る道に成り、交わる。

地球は原初の大地と海へと戻っていく。

しかしそれは単純な退行ではない。

螺旋を描きながら上昇する「弥栄え」の回帰であり、より高い段階へ進むための「交わり」でもある。

世界は同じ場所へ戻るようでいて、実際には次の段階へと進んでいる。

神の息吹きが満ちる地上

永遠の世光ることは永遠の大道、息吹き大地に充ち満つ道。

ここでいう「永遠」とは、単なる時間の長さではない。

「神の」という奥の意味がある。

つまり、神の世であり、神の大道。

そこでは神力が大地へ満ち、人々はその息吹きを感じられるようになる。

そして、その力を受け取れる者たちが、新しい地へ残っていくのかもしれない。

神は何度も世界を創り直してきたのか

展きてつきず、極り成る神の道。

この段階は、一度だけの出来事ではなく、神によって限りなく繰り返されてきた流れなのかもしれない。

世界は創られ、育ち、やがて栄光の世界として完成していく。

そして再び、新たな創造が始まる。

神示は、そんな壮大な循環構造を示しているようにも見える。

苦しみの先にある歓喜

苦しむ道をひらき、日月地に苦しむ喜び出で、神の国むつび、ことごとく歓喜弥栄ゆ。

途中の道は、苦難と混乱に満ちているのかもしれない。

だが、それは世界が完成へ向かう過程でもある。

神々は、完成された世界を心に描きながら働いている。

だからこそ、苦しみや悩みも、やがて世界が栄えることで霧散していく。

それは単なる我慢ではなく、「無上の喜び」へ昇華される道でもある。

信仰とは、その喜びを先に受け取ることなのかもしれない。

「終末」ではなく「創造」を見る視点

松の巻 第23帖は、世界の崩壊を語るだけの帖ではない。

むしろその奥には、

  • 神人たちの働き
  • 世界の更新
  • 大地の再構築
  • 神の栄光による維持
  • 新しい地への移行

そうした「創造」の側面が強く描かれている。

世界は終わるために動いているのではなく、次の段階へ進むために鳴り始めているのかもしれない。

書籍紹介|原文を通して読む『日月神示』

日月神示は、断片的な引用だけでは全体像が見えにくい書でもある。

原文全体を通して読むことで、「鳴る」「弥栄える」「むすび」といった言葉の繰り返しが、少しずつ一本の流れとして見えてくる。

解読と合わせて原文を読むと、神示独特のリズムや空気感も感じ取りやすくなるだろう。

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