「富士を境に真っ二つ」
日月神示の中でも、ここまで直接的に“日本列島そのものの変動”を思わせる記述は珍しい。
駿河灘、富士、七つに裂かれる国土――。
それは単なる戦争預言なのか。
それとも、地殻変動と霊的変化が同時に進む“国の組み替え”を示しているのか。
今回の松の巻 第27帖は、災厄と再生が同時に描かれた一帖でもある。
天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘、富士を境に真っ二つ、まず切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第27帖
されども日本は神の国、最後の仕組神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らずのうにする。
夜明けの御用つとめかし。
晴れたる富士のすがすがし。
ここで語られているのは、単なる災害ではない。
地球そのものの動きと、人間側の思惑と、そして神の計画が重なって進む“大峠”の姿である。
駿河灘から始まる「列島変動」の神示
「駿河灘」「富士を境」「七つに裂く」
これらの言葉は、偶然並んでいるとは思えないほど地質学的な意味を帯びている。
松の巻27帖では、日本列島が大きく動くような描写が現れる。
しかも、その中心として示されるのが駿河灘と富士山である。
逐次解説|富士を境に始まる「大峠」
天と地が混ざるほどの大災害
天も地も一つにまぜし大嵐、攻め来る敵は駿河灘、富士を境に真っ二つ、まず切り取りて残るもの、七つに裂かん仕組なり。
ここで語られる「大嵐」は、単なる台風程度のものではない。
巨大地震、大津波、そして超大型台風のような複合災害を思わせる。
しかも神示では「敵」と書かれている。
つまり、この災害は自然現象だけではなく、人為的な誘導や利用が含まれている可能性を示唆しているようにも読める。
この地震をきっかけとして、日本列島そのものが動き始める。
もともと伊豆半島は、海側から本州へ衝突してきた地塊である。
現在の伊豆半島は、フィリピン海プレートの動きによって本州側へ押し込まれ、日本列島を弓のように圧迫している構造になっている。
その延長線上には富士山がある。

この均衡が崩れた時、日本列島は「七つに裂かん仕組」へ向かう。
ただし、本来ならこの変動はもっと緩やかで、長い時間をかけて進むものだったのかもしれない。
しかし敵側は、その動きを利用して大災害へと拡大させていく。
敵による攻撃を被せたものとなる。
そして神は、その動きを止めるのではなく、神示という形で前もって知らせながら、あえて容認しているようにも見える。
さらに混乱の最中、特殊部隊を使って「神国日本」の最重要の神宝を奪取しようとする。
ここに、この帖のもう一つの核心がある。
神宝に触れた者を焼く「神力」
されども日本は神の国、最後の仕組神力に、寄せ来る敵は魂まで、一人残らずのうにする。
ここで語られる「最後の仕組神力」は、単なる精神論ではないように見える。
神宝は、神官たちの祈りに応じて力を発動する“神の兵器”として描かれている。
この場面で連想されるのが、聖書に登場する「ウザ」の事件である。
彼らがナコンの打ち場にきた時、ウザは神の箱に手を伸べて、それを押えた。牛がつまずいたからである。
すると主はウザに向かって怒りを発し、彼が手を箱に伸べたので、彼をその場で撃たれた。彼は神の箱のかたわらで死んだ。
旧約聖書 日本聖書協会 口語訳 サムエル記下 6章6〜7節
聖なるものに不用意に触れた結果、雷に打たれるように命を落とした描写である。
松の巻27帖では、それに近い現象が「特殊部隊そのものの消滅」という形で起こるのかもしれない。
しかも「魂まで」と書かれている。
単なる肉体破壊ではなく、霊的存在にまで影響する兵器である可能性を示唆している。
神宝の奪取が「夜明け」を呼ぶ
夜明けの御用つとめかし。
神宝の奪取と、その後の奪回。
この事件によって、世界中が“神宝”の存在を知ることになる。
それまで神話や伝承として扱われていたものが、現実の力として表面化する。
その瞬間が、「神国日本の夜明け」の始まりなのだろう。
長く隠されていたものが、ついに表へ出る。
それが「夜明け」という表現に重なっているようにも見える。
晴れたる富士のすがすがし
晴れたる富士のすがすがし。
世界中の人々は、おそらく戸惑うことになる。
日本人自身も含めて、「何が起きたのか」を理解できない人が大半かもしれない。
だが、すでに知っていて待ち望んでいた人々にとっては違う。
ついに来るべき時が来た――。
そんな思いで、晴れ渡る富士を見上げることになる。
生きていれば、ミツゲもたぶんガッツポーズを決めると思う。
「富士(不死)は晴れ(バレ)たり、日本晴れ(バレ)」
そんな言葉が、この日に成就するのかもしれない。
それは神国日本の再生であり、生まれ変わりでもある。
崩壊の先に見えてくる「神国」の姿
松の巻27帖は、単なる破滅預言ではない。
列島規模の災害、敵勢力の介入、神宝を巡る争奪――。
そこには極めて激しい終末的情景が描かれている。
しかし最後に残るのは、「夜明け」であり、「晴れた富士」である。
つまりこの帖は、崩壊の預言であると同時に、“再生の開始”を描いた神示でもあるのだろう。
書籍紹介|原文を読みながら解読するために
日月神示は、一部分だけを切り取って読むよりも、全体の流れの中で読むことで見えてくるものが多い。
特に松の巻は、「大峠」と「神国の建て替え」に関わる重要な記述が集中している巻でもある。
今回の第27帖も、前後の帖と繋げて読むことで意味が立体化してくる。
原文全体を確認したい人は、完訳版を一冊持っておくと便利。


コメント