はじめはうまくいくのに、最後に崩れるもの。
逆に、最初は苦しいのに、あとから楽になるもの。
日月神示は、この“逆転する流れ”をはっきりと語っている。
それは偶然ではなく、選択の時点で結果も決まっているという話だ。
ここでは松の巻 第9帖を、流れに沿って静かに読み解いていく。
悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ、善のやり方、始め辛いなれど、先行くほどよくなるぞ。
この世に何一つ出来んということないこの方のすることぞ。
言うこと聞かねば、聞くようにしてきかすぞ。
因縁だけのことはどうしてもせねば、今度の峠は越せんのざぞ。
ここの役員は、皆因縁身魂ばかり、苦しいだけお蔭あるぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第9帖
逐次解読|楽な道は最後に崩れ、苦しい道は後に開く
未来はあとから来るものではない。
目の前の選択の中に、すでに含まれている。
楽な道はなぜ最後で崩れるのか
悪のやり方は始めはどんどん行くなれど、九分九厘でグレンぞ、善のやり方、始め辛いなれど、先行くほどよくなるぞ。
選択の自由があるから、目の前の選択肢から何でも選ぶことはできる。
ただし、その時点で結果も一緒に選んでいる。
神は徳を積むことを推奨する。
それは、神に対しても人に対しても歪みがない状態のことだ。
悪、不徳、悪徳、罪。
悪のやり方は楽に進めるが、最後の最後で崩れる。
悪魔の喜びは人の絶望。
途中までうまくいかせて、最後で落とす構造になっている。
一方で神の方法は、試練や鍛錬が多い。
しかしその先には、強さと信頼が残る。
不可能はないという前提
この世に何一つ出来んということないこの方のすることぞ。
「できない」という前提自体がない。
すべては成るように組まれている。
聞かされるという優しさ
言うこと聞かねば、聞くようにしてきかすぞ。
これは強制ではあるが、見捨てられてはいない。
むしろ期待されている状態だ。
それでも聞かなければ、やがて崩れる。
原因が分からないまま「なんで?」となる。
選択の自由はある。
しかし幸せになりたいなら、選択肢は自然と限られてくる。
神の範囲で選べば、楽ではないが悪い結果にはならない。
因縁は持ってきているもの
因縁だけのことはどうしてもせねば、今度の峠は越せんのざぞ。
- 因:原因(日本に生まれたこと)
- 縁:結果(現実として展開する)
神とあなたの合意のもとに、この因は作られているのかもしれない。
忘れているだけで、自ら選んできた可能性もある。
神はその縁を大切にしている。
だからこそ、時に強く目を覚まさせる。
苦しさの中にある報い
ここの役員は、皆因縁身魂ばかり、苦しいだけお蔭あるぞ。
この国の指導者たちも因縁でその場所にいる。
苦しさはあるが、それに見合うものがある。
その報いは、この世を超えて続くものとなる。
「宗教の指導者も含まれるかも」
私利私欲でいるなら、覚悟しておくがいい。
しっかり見られているぞ。
なによりあなたの中にいる神があなたを見ている。
あなたは悪事を神に隠すことはできないのだから。
「どちらを選ぶか」はすでに問われている
悪は最初に楽を与え、最後で崩す。
善は最初に苦を与え、最後で開く。
神は見捨てる前に、必ず聞かせる。
だからこそ、気づけるかどうかが分かれ目になる。
書籍紹介|あなたの導き出した解読を知りたいな!
日月神示は断片ではなく、流れで読むことで見えてくる。
松の巻は特に現実との接点が強い部分。
原文に触れながら、自分なりの解釈を重ねていくことをおすすめしたい。


コメント