【日月神示】下つ巻 第14帖②|神様と臣民は同じ数だけある――身魂を磨けば「神」がつく

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日月神示・下つ巻第14帖②「神様と臣民、同じ数だけあるぞ」をイメージした神々と人、獣、草木の世界

日月神示には、ときどき私たちが考える「神」の概念そのものを揺さぶるような言葉が出てくる。

今回、特に気になるのは、

「神様と臣民、同じ数だけあるぞ。」

という一文だ。

神様が人間と同じ数だけいるとは、どういうことなのだろう。

さらに神示は、「それぞれに神つける」と続ける。

神とは、私たちから遠く離れたところにいる存在なのか。

それとも、もっと身近に、あるいは私たち自身の霊と重なるところに存在しているのだろうか。

この神の意味を持つ図形かみは、世界中の神と臣民と、獣けだものも草木も構わねばならんのざから、御役いくらでもあるぞ。

神様と臣民、同じ数だけあるぞ。

それぞれに神つけるから、早う身魂みがいてくれよ、

磨けただけの神をつけて、天晴あっぱれ後の世に残る手柄立てさすぞ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第2巻 下つ巻 第14帖の一部

ここで語られているのは、単なる「守護神」の話だけではないように思う。

人間だけではなく、獣も草木も含めた世界全体を動かす巨大な仕組み。

そして、その中で私たち一人ひとりにも何らかの「御役」がある。

そんな世界像が見えてくる。

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目次

神’とは一柱の存在なのか、それとも巨大な「仕組み」なのか

私たちは「神」と聞くと、一人の人格を持った存在を想像しがちである。

しかし日月神示を読んでいると、それだけでは説明しきれないところがある。

神’とは、創造主の意思だけを指すのではなく、その意思によって世界を動かしている仕組みや、そこに働く無数の存在まで含んだ言葉なのではないだろうか。

そう考えると、「世界中の神と臣民と、獣も草木も構わねばならん」という言葉の見え方も変わってくる。

逐次解説|人と同じ数の「神」がいるとはどういうことか

世界を動かす巨大なアシストシステム

この神の意味を持つ図形かみは、世界中の神と臣民と、獣けだものも草木も構わねばならんのざから、御役いくらでもあるぞ。

神’は万物を管理している。

それには、神’と呼ばれるアシストシステムもあると考える。

私はAIみたいなものを想像している。

創造主が「光あれ」と宣言して光がある。その背後では、膨大な情報が一瞬にして処理されているような感じだ。

というよりも、現在のAIが究極に行き着いた先に、そうした存在の姿が見えてくるのかもしれない。

神’と呼ばれるものは、神’による意思と仕組みを総称していると考えている。

また、神’の意思を反映し、御業を監督する存在として神々――天使たち――もいる。

別記事で言及した、カムイとも呼ばれる存在である。

案外、我々の心のパワーは現世では余っていそうなので、無意識にカムイをやっているのかもしれない。

眠っているときに、夜行性の動物とかを動かしているのかも。

そういった手足も含めて「神’」なのだと思う。

「神様と臣民、同じ数だけあるぞ」の不思議

神様と臣民、同じ数だけあるぞ。

ほらね。

我々の霊は神の領域にすでにいるので、現世での自分とは別に忙しく働いているのかもしれない。

もちろん、この世に来る前の霊や、この世を去った者も、この働きに参加しているだろう。

一人で世界中の猫族を管理して動かしている……なんていうこともあり得るよ。

その姿は猫又かもしれない。

もちろんこれは私なりの想像である。

しかし「神様と臣民、同じ数だけある」という言葉をそのまま受け止めるなら、一人ひとりの人間に対応する「神」の働きがあるという読み方もできるのではないだろうか。

「それぞれに神つける」とは守護霊なのか

それぞれに神つけるから、早う身魂みがいてくれよ、

神をつけるとは、神の如くになっている自分の霊というのもあるけれど、霊脈の筋から近い存在が守護霊としてついているのかもしれない。

そういう存在は、現世では血族であるご先祖様かもしれないね。

現世でのあなたの生き方次第では、ため息をつきながら見守っているかもしれない。

ただ、ここで重要なのは「神をつける」ことよりも、その前に、

「早う身魂みがいてくれよ」

と言われていることである。

神がつけば身魂が磨かれるのではない。

先に自分が身魂を磨く。

その状態に応じた神がつく。

この順序には意味がありそうだ。

「磨けただけの神」がつく

磨けただけの神をつけて、天晴あっぱれ後の世に残る手柄立てさすぞ。

「磨けただけの神」とは、やはり自分の霊と意識の合体したものじゃないかなあ。

洗濯や掃除によって岩戸が開かれると、磨かれた霊は現世での自分に思い切り反映されると思う。

ということは、働き場所も変わってくるし、果たした時のご褒美も期待できるよね。

ここで面白いのは、「磨けただけ」という表現だ。

少し磨けば、その分だけ。

大きく磨けば、その分だけ。

自分の身魂の状態によって、任される御役も変わってくるということなのかもしれない。

そして最終的には、

「後の世に残る手柄」

を立てさせるという。

神’は人をただ救うだけではなく、御役を与えて働かせようとしている。

自分の岩戸をがんばって全開にしよう!

神を探すより、まず自分の身魂を磨く

今回の神示では、「神様と臣民、同じ数だけある」という非常に不思議な世界観が示されている。

もし一人ひとりに対応する神の働きがあるのなら、神は遠い世界だけにいる存在ではないのかもしれない。

しかし、その神を知ろうとする前に求められていることがある。

「早う身魂みがいてくれよ」

である。

そして、

「磨けただけの神をつけて」

と続く。

どのような神が自分につくのかを気にするより、自分自身を磨く。

岩戸を開き、霊と現世の自分との隔たりを小さくしていく。

その先に、自分にしかできない「御役」が見えてくるのではないだろうか。

神様と臣民が同じ数だけいるという言葉は、裏を返せば、一人として御役のない人はいないという意味なのかもしれない。

日月神示を原文から読んでみる

日月神示は、一部分だけを取り出して読むと非常に謎めいて見える。

しかし前後の帖を続けて読んでいくと、「身魂磨き」「洗濯」「岩戸開き」「御用」といった言葉が互いにつながり、一つの大きな世界観を形づくっていることが見えてくる。

今回取り上げた「神様と臣民、同じ数だけあるぞ」という言葉も、ぜひ原文全体の流れの中で読んでみてほしい。

日月神示の原文をまとめて読みたい方には、原文を収録した書籍を手元に置いておくと、気になった言葉を前後の帖と照らし合わせながら読むことができる。

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