日月神示は、神示をもとに新しい宗教を作ることを求めているのではない。むしろ今回の一節では、「教会作るでないぞ、信者作るでないぞ」と、はっきり釘を刺している。
では、神示は何のために知らされているのだろうか。
知らせなければならない。しかし、知らせてはならない――。一見すると矛盾するような言葉の向こうに、世の元から定められた「仕組」と、いよいよ近づく岩戸開きが見えてくる。
教会作るでないぞ、信者作るでないぞ。
この仕組、知らさなならず、知らしてならんし、
もなかなかに苦しいぞ。
世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第2巻 下つ巻 第4帖の一部
ここでは、神示を宗教そのものにしてしまうことへの警告と、「知らさなならず、知らしてならん」という預言のあり方、そして「世の元からの仕組」と岩戸開きについて考えてみたい。
日月神示は新しい宗教を作るためのものではない
日月神示を読み続けていると、神’が人を集めて新しい宗教組織を作ろうとしているのではないことが見えてくる。
今回に至っては、「教会作るでないぞ、信者作るでないぞ」と明言している。
ならば、日月神示そのものを信仰の対象にしたり、神示を教義として人を集めたりすることが目的ではないのだろう。
むしろ神示は、読む者に問いを投げかけ、考えさせ、神’に尋ねさせ、自分自身で道を選ばせる「道標」のようなものではないだろうか。
そして、その道標の先に何があるのかを見極めることこそ、読む者一人ひとりに委ねられている。
逐次解説|教会を作らず、隠された仕組を知らせ、岩戸開きへ
神示を教義とした宗教を作るな
教会作るでないぞ、信者作るでないぞ。
これは、神示を教義とした宗教を作るなということだろう。
ミツゲは、神示とは末日に神国にすでにある有力な(神’から見て)ところ――教会や団体――へと導く道標という受け止め方をしている。
ミツゲがいる教会では、神示を信者が読み解いたとしても支障がない。そのような自由がある。
わたしは神示を通して、同じ原則を見つけたり、同じ原則が違った角度から語られたりするのを楽しんでいる。そこに新たな発見があることが嬉しい。
もちろん、神示そのものを教会で教義のように教えるのは間違っている。
そうではなく、個人として神示を読み、そこから同じ原則を発見することによって、教会の教義への理解に厚みが加わる。
また、預言をもとにして、これから起こるであろう事態に対して心積もりをすることも、個人の自由の範囲にある。
あなたのいる教会に、この自由があるか?
神示の真偽を神’に問い尋ね、答えを得る手段があるか?
そして、その方法を教わっているか?
神示を道標にして、自分がいるべき教会を探しているのなら、これらは大きなヒントを与えてくれる質問になると思う。
「知らさなならず、知らしてならん」という預言の仕組
この仕組、知らさなならず、知らしてならんし、
もなかなかに苦しいぞ。
預言の多くは、大切なところを象徴にしてボカしているように見える。
わかりやすく知らせることで、妨害してくる敵が存在する。
彼らとの暗黙の調整を経て、今のような形になっているのではないだろうか。
現状では、真理は求めなければ得られないようになった。
それでも、道を選び取るチャンスは皆にある。ただ、そこが重要な分岐点だと気づかれないことが多い。
それでも最後は、すべての膝は神’の前に屈むことになる。
言い換えると、最後の選びのチャンスはあるということだ。
ただ、ヒントが出尽くしたあとのクイズの得点は低いのが相場だ。
選ぶなら、早い方がいいに決まっている。
世の元から定められた仕組と岩戸開き
世の元からの仕組ざから、いよいよ岩戸開く時来たぞ。
神’の計画と創造の仕組みは、走り出した時にすでに成就している。
人間から見れば歴史は一つずつ出来事が積み重なって進んでいるように見える。しかし神’の側から見れば、最初から最後まで一つの大きな計画として存在しているのではないだろうか。
岩戸開きは、これまで聖書に記録されてきた出来事の集大成であり、まとめの物語になる。
創造から始まり、預言者たちが語り、イエス・キリストによって示され、そして末日に向けて語られてきたものが、一つの物語として結ばれていく。
どんな映画も霞む、最高の物語になるだろう。
そして、わたしたちはその物語を外から眺める観客ではない。
あなたは、この物語のどこで何を果たすのだろうか。
神示は答えそのものではなく、道を選ぶための道標なのかもしれない
「教会作るでないぞ、信者作るでないぞ」という言葉は、日月神示を読む上で非常に重要な一節だと思う。
神示そのものを宗教にするのではない。
そこに書かれているものを手掛かりとして、自分で考え、自分で求め、そして神’に問い尋ねる。
「知らさなならず、知らしてならん」という形で与えられたヒントをどう受け取るのかも、読む者に委ねられている。
そして、その先には「世の元からの仕組」として用意された岩戸開きが待っている。
もし本当にその時が近づいているのなら、大切なのは「何が起こるのか」を知ることだけではない。
その時、自分はどこにいて、何を選び、何を果たすのか。
神示は、そのことを問いかけているのではないだろうか。
書籍紹介|日月神示を原文から読みたい人へ
日月神示を読み解く際には、解説や考察だけでなく、できるだけ原文そのものに触れることが大切だと思う。
短い一節であっても、前後を通して読むことで印象が変わることがある。また、繰り返し登場する言葉や、別の帖とのつながりに気づくこともある。
このブログでは一節ずつ取り上げながら解読しているが、自分自身でも神示全体を読み、「この言葉は何を意味するのだろう」と考えてみてほしい。
日月神示の原文をまとめた書籍を手元に置いておけば、記事で取り上げた部分だけでなく、その前後や他の巻と照らし合わせながら読むことができる。


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