富士を開いた後にも、さらに「開くところ」があると神示は告げる。
これまで上つ巻では、富士を中心とした神の仕組が幾度も語られてきたが、この帖ではその先に待つ第二段階ともいえる場所が明かされる。
それが「鳴戸」である。
これは単なる地名なのか。それとも岩戸開きへ向かう霊的な暗号なのか。
今回は、富士と鳴門という二つの地点を結ぶ神示の意味を読み解いていく。
富士を開いたらまだ開くところあるのざ。
鳴戸へ行くことあるのざから、このこと役員だけ心得ておいてくれよ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第1巻 上つ巻 第30帖
「富士」が終わりではなく、その先にも神の仕組が続いていることを示す重要な一節である。
富士から鳴門へ──。
その流れをたどることで、これから日本に起こる出来事と、臣民に求められる備えが見えてくる。
富士の次に開かれる地が意味するもの
上つ巻では、富士山は神の仕組の中心として繰り返し登場してきた。
しかしこの帖では、「富士を開いたらまだ開くところある」と続けて語られている。
つまり富士だけでは終わらない。
神の計画はさらに次の段階へ進むことを示しているのである。
その次なる舞台として示されたのが「鳴戸」。
果たしてこれは実際の鳴門なのか、それとも別の意味を持つ神の暗号なのだろうか。
逐次解説|富士の次に開く「鳴戸」とは何か
富士を開いた後にも神の仕組は続いていく
富士を開いたらまだ開くところあるのざ。
富士山がパックリ開くということは、大噴火となる。
歴史上、富士山の噴火は起きている。しかし、末日の災禍は未だかつてないものと定まっているため、過去の事例だけで判断するのは危険である。
最悪の事態を想定して備えておいた方がよいだろう。
さらに神示は「まだ開くところある」と続けている。
富士だけでは終わらず、他にも連鎖的に噴火や巨大地震が起こる可能性を示しているようにも読める。
その方向は、日本の西方面となるのではないだろうか。
富士から始まり、西へと神の仕組が展開していく流れが見えてくるのである。
鳴門は災害の地か、それとも岩戸開きの門なのか
鳴戸へ行くことあるのざから、このこと役員だけ心得ておいてくれよ。
開く戸が鳴戸(鳴門)の方面を指すなら、その中心は四国東部から関西地区となる。
徳島・淡路・神戸・大阪などを考えると、噴火というより巨大地震や津波だろうか。
または、かつてないほどの巨大な暴風災害なのかも知れない。
しかし東方面と比べると、まだ救いがあるだろう。
京都が奇跡的にほぼ無傷で、奈良・大阪との三都が日本の首都圏として再構築されることになるので、神戸はともかく大阪は比較的復旧が早いのではないかと思われる。
また、鳴門は「成戸」であり「成門」でもあり、神戸(こうべ)も神の頭であり首となるので、どうしても岩戸開きを意識してしまう。
臣民の霊的な覚醒が西から始まるという徴でもあるのだろうか。
となると、伊勢あたりが気になるところである。
今までも神宝が敵により一旦は奪取されるという解読をしてきたので、このあたりの災害、あるいは人為的な出来事には注目していくことになるだろう。
その時は情報封鎖で臣民は見ざる聞かざるの状態に置かれるかも知れない。
しかし、大丈夫である。
神の采配によって、世界中が注目する中で真実は明らかとなるだろう。
そう、不死(富士)が開かれ(バレ)るのである。
呑気な臣民にとっては突然の出来事となるだろう。
しかし役員はこの神示とこれ以上の啓示を通してより深い心構えが必要となる。
また後に記事にするかも知れないが、徳島は呪術的な要素のある地域なので、敵味方とも呪術がからむ人為的な災害であり悪との戦いでもあることが垣間見れる。
まとめ|富士の次に始まる第二の岩戸開き
第30帖は、富士だけでは終わらない神の仕組を示している。
富士から鳴門へ。
東から西へ。
それは災害の連鎖だけではなく、日本全体を舞台とした岩戸開きの第二幕が始まることを意味しているのかもしれない。
やがて神の計画は、人間が隠そうとしても隠し切れない形で世界の前に現れる。
臣民に求められるのは、恐れることではなく、身魂を磨きながら神’の導きを静かに待つ姿勢なのである。
日月神示の原典から神意を読み解く
日月神示は、一節だけを読むよりも、全体の流れの中で読み進めることで理解が深まる神示である。
とくに上つ巻は、終末の警告だけでなく、その先に訪れる神’の世までが一つの大きな流れとして示されている。
原文を何度も読み返し、祈りながら考え続けることで、新たな気付きが与えられることも少なくない。
ぜひ原典を手元に置き、神示全体の流れを味わいながら読み進めていただきたい。
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