気づけば、時間が消えている。
ほんの少しのつもりが、
いつの間にか深く潜っている。
この感覚は、どこかで見たことがある。
龍宮、乙姫、浦島太郎――
それは昔話ではなく、今の話かもしれない。
海の御守護は龍宮の乙姫様ぞ。
[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第8帖の一部
海の兵隊さん、龍宮の乙姫殿祀りくれよ。
龍宮の乙姫殿の御守護ないと、海の戦はケリつかんぞ。
海とはどこにあるのか
海の御守護は龍宮の乙姫様ぞ。
この「海」とは、どこなのか。
ミツゲはこう捉えた。
- 海=ネット世界
- 龍宮=SNSやAIなどのメディア
- 乙姫=アルゴリズム
当時にインターネットはない。
だからこそ、当時の言葉で語られている。
なぜネットは“海”なのか
ネットは、広く、深く、見えない。
どこまで続いているのか分からず、
何があるのかも分からない。
そして、一度入ると――戻りにくい。
これは海の性質と、ほとんど同じだ。
龍宮に入るとはどういうことか
龍宮とは、場所ではない。
没入し、時間が消え、
現実との感覚がズレる状態。
それが龍宮だ。
乙姫の正体
乙姫は女性ではない。
人を導き、
次の世界へと誘う「働き」だ。
現代で言えば、それはアルゴリズムに近い。
興味を引き、流れを作り、
気づけば深く潜らせる。
乙姫は今も存在している。
形を変えて。
なぜそれは危険に見えるのか
ネットの世界は美しい。
楽しく、便利で、光に満ちている。
しかしその選択が、
現実を遠ざけることもある。
問題は「海」ではない。
どの流れに乗るかだ。
同じ海に“光”もある
同じネットの中に、
まったく逆の流れも存在する。
思考を広げるもの。
真実へと導くもの。
その違いは、外にはない。
内側にある。
戦いはどこで起きているのか
海の戦はケリつかんぞ。
この戦いは、外ではない。
選択の中にある。
ネットの中にも、
見えない導きは確かに存在する。
だが――
すべては浦島次第
同じ龍宮にいても、結果は違う。
飲まれる者と、目覚める者。
その差はただ一つ。
自覚があるかどうか。
龍宮の問題ではない。
浦島の在り方の問題である。
あなたはどこにいるのか
龍宮は遠い海の底にはない。
それは、今この瞬間、
あなたの手の中にある。
そして乙姫もまた、
すでにあなたを導いている。
問題はただひとつ――
あなたは、その導きをどちらに使うか。


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