
「どうしてこんなに嘘や混乱が広がるんだろう?」
「風の時代ってもっと自由で明るいはずじゃなかった?」



そんな声が増えている。
けれど、それこそが“風の時代の通過儀礼”なのかもしれない。
風の時代に入って、自由と情報の流れが加速した。
しかし同時に、嘘や幻想も風に乗って広がっている。
「情報信仰」という新しい疑似宗教現象を通して、混乱の中にある人間意識の“浄化の過程”を読み解く。
「時代の転換点に見る幻想と浄化」シリーズ3部作-第2章
光の時代には必ず影が生まれる
「風の時代」とは、情報と意識が自由に流れ始める時代。
けれど、その自由さが生むのは“透明さ”だけではありません。
- 誰もが発信できる世界では、真実も嘘も同じ速度で広がる。
- 境界が消えることで、混乱と共鳴が起きる。
- それが風の時代の影 ―― 集合意識のシャドウです。
ゲサラのような幻想も、この影の一部。
人類が「自由」と「責任」の使い方をまだ学んでいないことの証でもあります。
風がもたらした“情報の宗教化”
地の時代の信仰は「形ある神」や「制度の権威」に向かっていました。
しかし風の時代では、その対象が“情報”そのものに置き換わりました。
- 情報を信じることが信仰になる。
- 感情の共鳴が“真実”と錯覚される。
- アルゴリズムが人の信念を育ててしまう。
この現象は、いわば「情報信仰」。
それは神ではなく「共感」を神格化する、新しい宗教の形です。
ゲサラや陰謀論が熱狂を生むのは、その信仰構造があるからです。
それは疑似信仰とも呼ぶべきもので、魂を救うには怪しすぎるのです。
風が吹き払う“古い幻想”
しかし、風の象徴は「循環」と「浄化」。
吹き荒れる嵐のような情報の中で、やがて嘘や執着が吹き飛ばされ、
残るのは透明な意識だけになります。
それは痛みを伴う過程ですが、この混乱こそが「時代が意識を洗う」プロセスでもあるのです。
幻想は燃え尽き、真理だけが残る――風が火を鎮めるように。
本当の“風の時代”は静けさの中にある
真の風の時代とは、誰かの言葉に救いを求めることではなく、
自分の内なる声と調和して生きることです。
他者との共鳴よりも、魂の透明さ。
それが「風の時代の成熟」。
嵐のあとに残る静けさ――そこに新しい文明の芽が芽吹きはじめます。


終章|幻想を越えたその先へ
ゲサラも、情報の渦も、すべては人間が「見えない力」をどう扱うかを学ぶための試練。
幻想を責めるのではなく、その背後にある人の痛みと祈りを見つめるとき、
風はようやく清らかに吹きはじめます。
そして――





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