
「この十字架の人…殺されちゃったの?
なんでそんな怖いものが飾ってあるの?」
初めて教会に来た子が、十字架のイエス像を見てこう聞くことがあるそうです。
教会というロマンを感じたくて来たのに、一見おぞましい像を間に当たりにすれば・・・
十字架刑はローマ時代の最も残酷な処刑方法のひとつでした。
しかし、聖書をよく読むと、この出来事は偶然ではなく、ずっと前から神が預言していたことだと分かります。
イエスの十字架は、旧約聖書に書かれたメシアの預言を成就した瞬間でもあったのです。
十字架は予言の成就だった
旧約聖書の中には、メシア(救い主)が苦しみ、刺し通され、人々の罪を背負うと書かれています。
直接「十字架」という言葉は出ませんが、その情景を思わせる記述がいくつもあります。
- イザヤ書53章 彼は私たちのそむきのために刺し通された 罪のない方が人類の罪を背負って苦しむ姿。
- 詩篇22篇 私の手と足を刺し通した / 私の衣を分け、くじ引きした 磔刑と、その下で兵士がした行動を予言。
- ゼカリヤ書12:10 彼らは刺し通した者を仰ぎ見て嘆く 槍で刺されたイエスの場面を連想させる。
これは救い主が人類の罪を肩代わりするという意味を持ちます。
これを「贖罪」といって、キリスト教の根幹といってよい教義です。
わたしたちはこの贖罪を通して罪から解放され、救いを得ているのです。
贖いは「ゲッセマネ+十字架+復活」
贖いとは十字架上でのイエスだけで成就するのではありません。
末日聖徒イエス・キリスト教会では、贖いは三つがそろって完成すると理解しています。
- ゲッセマネの園 イエスは血の汗を流すほど苦しみ、人類の罪と悲しみを背負った。
- 十字架 罪のない方が罪人の代わりに死を受け入れ、旧約の預言を成就させた。
- 復活 死に打ち勝ち、すべての人が再び生きる道を開かれた。
十字架の像がない理由|末日聖徒イエス・キリスト教会の場合
わたしのいる教会の礼拝堂には十字架はなく、普通の集会所の感じで「素っ気ない」といわれることもしばしばです。
しかし、私たちは十字架の出来事を軽く見ているわけではありません。
この素気なさこそが死んだイエスではなく、復活して生きておられるキリストを象徴しています。
それは、「死んだままのキリスト」ではなく、「生きておられる救い主」を信じているからです。
礼拝堂では、さりげなく生けるキリストやカバラっぽい象徴がさりげなく配置されていることに気づくかたもいます。稀ですけどね。
まとめ
十字架はただの処刑ではなく、神が何百年も前から旧約聖書で約束していた救いの計画の重要なことでした。
ゲッセマネの苦しみ、十字架の死、そして復活――これらすべてが揃ってこそ、私たちは罪から解放され、永遠の命の希望を持つことができます。



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