【日月神示】誠は喉につかえる|人が神から離れる本当の理由

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荒野の廃墟の中で少女が口元に指を当て沈黙を示し、もう一方の手で天からの細い光を指し示す神秘的な場面

誠は、難しいから届かないのではない。
むしろ単純すぎて、飲み込めないのだ。

人は複雑なものには惹かれるが、
本当にまっとうなものには、なぜか背を向ける。

松の巻 第4帖は、その「受け入れられなさ」そのものを語っている。

いくら誠申しても、マコトは咽喉のどへつかえてみ込めぬから、
誠の所へは人民なかなか集まらんなれど、今度の御用は臣民沢山は要らんぞ。

何もかも神が仕組みているのざから人民しようとて何も出来はせんぞ、
神の意味を持つ図形かみの気概に叶わん人民は地の下になるのざぞ。

神示ふでわからねば一度捨てて見るとわかるのざぞ。

[完訳]日月神示 岡本天明 著 中矢伸一 校訂 ヒカルランド 第11巻 松の巻 第4帖

多くは求められていない。
ただ、呑み込めるかどうか――それだけで分かれていく。

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目次

なぜ「正しいもの」ほど人は避けるのか

神の言葉は、特別な秘密ではない。
むしろ、ごく当たり前のことしか語られていない。

だからこそ、心に引っかかる。
それは理解できないからではなく、認めたくないからだ。

誠は、喉に詰まる。
その違和感から逃げるために、人は静かに離れていく。

逐次解読|誠を呑み込める者だけが残る構造

誠はシンプルすぎて、呑み込めない

いくら誠申しても、マコトは咽喉んどへつかえてみ込めぬから、誠の所へは人民なかなか集まらんなれど、今度の御用は臣民沢山は要らんぞ。

誠とはこの節だと誠=神でもありますよね?

神の勧告の声はごく当たり前で、まっとうなことしか言っていない。
だからこそ肉欲に囚われている人の心には痛みとして感じる。

ほとんどの場合は無視することになる。
というわけで誠(神)のもとにはあまり人が集まらない。

しかし今度の神の業には人はあまりいらない。

世に隠れて動く天使たちもいるから。
特に殺戮の天使は大活躍するのかも。

人の働きでは動かせない流れ

何もかも神が仕組みているのざから人民しようとて何も出来はせんぞ、神の意味を持つ図形かみの気概に叶わん人民は地の下になるのざぞ。

人が定めに抗おうとする。
逆に淘汰を推し進めようとする輩もいるがこれらは無駄な働き。

神にしっかりシンクロしていない人は地の下へと行くことになるかも。

それはそれで一休みじゃ。
うらやましいのお!

ミツゲは神の業の行く末を出来れば生きてみてみたいと思っている。
まだ誰も見たことのない出来事が目白押しとなる時代だから。

実は楽しみにしてたりもする。

一度離れてみよ――それもまた導き

神示ふでわからねば一度捨てて見るとわかるのざぞ。

この預言を読んでもよくわからないときは、読むのをやめて、あなたの好きに選んで生きてみるがいいよ。

神からのフォローを捨て忘れたようになると、しばらくすると起こってくる状況から実は自分が神に捨てられようとしていることに気づくから。

なぜなら状況がかなり悲惨になっていることが多い。

そこで神に背く結果を悟ることができる。

それから悔い改めても間に合うかどうかは知らぬが、永遠の向こうで悪いようにはされない・・・とは思う。保証はできぬが・・・

少ない者だけが進む道

ここで語られているのは「選民」ではない。
数の問題ではなく、受け入れられるかどうかの問題だ。

誠は誰にでも開かれている。
だが、それを呑み込める者は少ない。

その差が、そのまま行き先になる。

この一冊が起点になる

日月神示は、一度読んで理解できるものではない。
むしろ、離れたあとにふと戻ってきたとき、意味が立ち上がる。

「わからないなら一度捨てよ」という言葉は、冷たいようでいて、
最も現実的な導きなのかもしれない。

いずれ、状況の中で思い出す。
そのとき、この言葉はまったく違う重みで響く。


はじめて触れるなら、まずは全体像を静かに通して読める一冊から。
断片ではなく流れで読むことで、この「呑み込めなさ」の意味が見えてくる。

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荒野の廃墟の中で少女が口元に指を当て沈黙を示し、もう一方の手で天からの細い光を指し示す神秘的な場面

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