
カバラってスピリチュアルとか占いの一種でしょ?
有名人がハマってるって聞いたけど、なんか怪しそう…
…そんなふうに思っていませんか?
確かに、カバラという言葉は最近ではタロットや数秘術、パワーストーンなどと一緒に語られることも多く、ちょっと「神秘的すぎてよくわからない」存在かもしれません。
でも、本来のカバラはそういう表面的なものとは違う、もっと深くて静かな“神とのつながり”の学びなんです。
一般的なイメージと本来のカバラの違い
| 世間のイメージ | 本来のカバラ |
|---|---|
| 占い・魔術っぽいもの | 神からの啓示を受け取る“霊的な器”を育てる教え |
| 選ばれた人だけの秘密の知識 | 神を求めるすべての人に開かれた探求の道 |
| 数字や記号をこねくり回す理論 | 神と人の関係を深く理解する“心の地図” |
| 現実逃避や神秘体験のためのもの | 日常の中で神の声に気づくための感受性の訓練 |
カバラとは「神の言葉を受け取る力」を整える道
カバラという言葉は「受け取る」という意味です。
では、何を受け取るのか?――それは神の語りかけ、つまり“啓示”です。
私たちは祈りの中で、「神様、どうすればいいでしょうか?」と問いかけることがあります。
でもその答えは、いつもハッキリと聞こえるわけではありません。
むしろ、静かで、やさしく、心の奥にそっと響くものです。
カバラは、その静かな声に気づけるよう、自分の“器”を整える方法を教えてくれるのです。
キリスト教とも深くつながっている
私はクリスチャンです。
イエス・キリストの教えは、神との関係を「戒めを守る義務」から「愛と信頼のつながり」へと導いてくれたと思っています。
実はこの“関係性の深まり”という視点は、カバラの核心にも通じます。
神の本質は「無限なる存在(エン・ソフ)」
その光が「愛」「憐れみ」「知恵」などとして表れる(セフィロト)
そして、人間は神の光を受け取る存在=共鳴する器として生きる
この構造は、キリストの語った「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝」(ヨハネ15:5)という言葉とも響き合うように感じます。
難しい知識よりも、心の静けさと祈り
カバラの本質は、特別な知識や技術ではありません。
大事なのは、自分の心を静めて、「神の光は今も流れている」と信じて、耳を澄ますこと。
神の声は、大きな嵐でもなく、炎でもなく、
“かすかなささやき”の中にあった(列王記上19章)
これはカバラが伝える啓示の真理でもあり、キリスト教が教える“霊の導き”とまったく同じです。
まとめ:カバラは「神の語りかけに気づく」ための道
- 難解な神秘主義ではなく、
- オカルトでもなく、
- 誰にでも開かれた、神との関係を深める霊的な道
それが、本来のカバラです。
カバラを通して何か特別な力を得るのではなく、
すでに与えられている神の語りかけに“気づく”力を育てていく――
それこそが、本当の意味での「受け取る」ことなのです。



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